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輝け星よ、ただ私のために!



星の人


 遥か昔、この世に生命溢れる神々の創生を受け継いだオロニル族には甘やかな約束がある。生まれ出た部族の者には運命の相手がこの大地のどこかに必ずいる、というのだ。生まれて初めて聞く者は誰しもその壮大な世界と自分とのつながりに胸を高鳴らせ、あるいは誰かと自分が、と運命という不可思議な力に魅了されたりもする。生きるにあたってなんという輝かしい目的か!実際にその夢を叶えた者は多く、故に未だ見つけられない者たちはいつかは自分も、と奮起するのであった。

例えば、長兄たるマグナイは立場上おいそれと遠くへは行けないことが却って災いしているのか、未だに探し中である。この所では出会う他部族の女性に一々思い当たるかどうかを尋ねているというのだから、その必死さが窺えよう。若いからこそ焦るのだ、とエスゲンは目を細めて尋問している(ようにしか他人には見えない)マグナイを見ていた。

「違う?そうか、もう良い。……一体余輩のナーマは何処にいる?何故余輩のナーマだけが見つからぬ!」

一頻り聞いて回ったものの、今日も今日とて収穫はないらしい。オロニル族は訳がわからない、と口々に囁きながら去っていく女性の集団を見送ると、エスゲンは顎を撫でてうん、と唸った。我らが長兄たるマグナイは完全に忘れているようだが、このエスゲンにもナーマはいない。最も、エスゲンは末弟であり狩猟に出かけることがほぼないことから、マグナイ以上に外出しないので論外だ。かつて、まだ自分には伸び代があると思っていた頃には運命という響きに目を輝かせたものだが、今では全てが色あせてしまっている。仮にナーマがいたとして、万年末弟の身に甘んじている自分と添い遂げようと思う寛大な人物がいるだろうか?想像もできない。

 夕飯に出すボーズ(注:餃子のような料理)の生地を仕込み始めたところで、エスゲンははたと中に包む肝心の肉が足りないことに気がついた。狩をする人間に頼むにはもう遅い。ただでさえ嫌な顔をされることが多いというのに(相手の腹に入るものなのだから多少は許してくれても良さそうなのだが)、遅れて頼むとなれば望み薄だろう。かと言って、自分でとるには心もとない。どうやって肉を手に入れよう、と思案しているうちに生地はこね上がり、暗所に手際よく運んでひと段落した。

肉。先日新しい味付けで作ったショルログを、マウシが美味しそうに喜んで食べてくれたことを思い出す。実際、マウシはいつでも美味しいと喜んでくれるのだが、具体的に差が分かった上で褒めてくれるのだから作りがいがあるというものだ。彼ならば、お裾分けを約束して肉をお願いすることができるのではないだろうか。

「うん、そうしよう」

同じ部族の人間と異なり、マウシにであれば頼みやすい。彼はその武を、自分は料理の腕を交換する、ただそれだけなのだ。彼に出会うまで、エスゲンは自分の作る料理の価値など考えたことすらなかった。誰かに自分の価値を認められるという希望を、誰かに認めさせたいという願望を失いつつあったエスゲンにとって、マウシの存在はアジムからの祝福にも等しい。少々大げさかもしれないな、と苦笑すると、エスゲンはいつものように明けの玉座を抜け出た。




 オロニル族とドタール族は、その族長同士の関係が物語るように仲がいいとは言い難い。気軽にドタールの集落に行ってマウシを呼ぶなど言語道断なのだが、エスゲンには当てがあった。なかなか外に出ることができないエスゲンのために二人で考えた約束なのだが、三日に一度は互いの集落から大分離れた場所ーーウヤギル族の洞窟近辺でマウシは鍛錬をしている。幸いにして今日はその三日に一度で、エスゲンはいつものように手土産を手に訪れていた。

明けの玉座の周囲に広がる草原は途切れ、荒々しい風で削り取られたような岩が乱立する様は何度見ても胸を打たれる光景だった。以前、風がとても強い日に、岩の間で叫ぶような唸り声を耳にしたことがある。すわ化け物かと慌てるエスゲンに、マウシは笑って、あれは岩の隙間を通り抜ける風が鳴っているのだと教えてくれたものだ。同じ地平の先と言えども、如此く世界は異なる。

 では、もっと先、冒険者がやってきた国々はどうだろう?ユキ、という得体の知れない冷たいものの話や、オンセンという自然の恵がもたらす湯、常夏の島で取れる色鮮やかな果物、そして何よりも口にしたことのない素晴らしい料理たち。不思議なことに、エスゲンの想像の中での”旅行”にはいつもマウシの姿があった。この地平の中で唯一心安く過ごせるため、一緒であれば楽しいだろうという欲望が現れたのだろうか。ドタール族の中でも”七拳のマウシ”として名をはせるマウシに対して願うなど、図々しいということは承知している。願望は願望だ。叶うことはない、とほんの少し思考を暗くさせた頃に、ようやくマウシの姿が目に入った。

「おおい、マウシ君!」
「エスゲンさん!よかった、ちょうどお腹が空いてたんだ。今日のおやつは何?」
「楽しみにしてもらえるとは嬉しいな」

鍛錬に集中していた精悍な顔立ちがこちらを向くと、ぱあっと子供のような笑顔に取って代わる。子供の面影をまだ残しているのは若さというよりも、マウシの素直な性格によるものだ。おそらくマウシと同じ年頃である同族のクズクを思い出すと、エスゲンは少し寂しくなってしまう。彼もまた、幼い頃はエスゲンさんエスゲンさん、と後ろを付いて回って可愛らしいものだった。今ではすっかり大人になってしまって、エスゲンが本当はどんな立場なのかを把握した人間らしい振る舞いをする。別段それを責める気持ちはないが、暖かなものが失われることは矢張り悲しい。

「今日はホーショールを持ってきたよ。冒険者さんが持ってきてくれたナッツを入れてみたから、いつもよりも歯ごたえがあって楽しめると思う」
「ありがとう、エスゲンさん!実はさ……俺、この前会った後からずっとエスゲンさんに会いたいって思ってたんだよね」
「またまた、そんなこと言って。君が待ってたのは私のおやつだろう?」

思わず緩んでしまう頬を叱咤すると、エスゲンは肉とナッツをぎっしり詰め込んだパイをマウシに差し出した。昨晩もしかしたら会いに行くかもしれないと思って多めに作っておいて正解だ。案の定喉を鳴らして食べ始めるマウシは活力に溢れ、眩しさを覚える。体に取り込まれたエネルギーが、正しい形で外に発散されるというのは見ていて気分がいい。自分がその一助になれたという自己満足も得られて一石二鳥だ。否、自分は単純にマウシが自分の手料理を喜んで食べてくれるだけで嬉しい。それは何故かはわからないのだが、エスゲンは確かに胸のあたりが温まっていた。

「あのね、エスゲンさん。俺はおやつがなくてもエスゲンさんに会いたかったんだ。エスゲンさんは、おやつがなかったら俺に会いにきてくれないの?」
「手土産がないのは気が引けるな……あ、いや、そういう話じゃないね。わかってる。うん、私は君に会いたくて会いにきてるし、君もそうならとても嬉しいよ。あはは、この歳で言うとなんだか恥ずかしいね」
「そう?俺は嬉しいからもっと言って欲しいけど」
「マウシ君は若いなあ」

時折、こうしてマウシはエスゲンにとってこそばゆい感情のやり取りを見せてくれることがある。あまりにも真顔で言うものだから、冗談でなければ口説く(まさか、あり得ない!)ことでもないのはわかっていたが、どうにも嬉しくてムズムズしてしまう。自分がマウシに対して心の近さを覚えるのは、きっとこの嬉しさをもっと味わいたいからなのだ。果たしてその分は返せているのかな、と濡れた布巾でマウシの手を拭いてやると、不意にナーマのことを思い出した。ドタール族にはナーマがどこかに存在するとは思っていないが、代わりに転生を信じている。生まれ変われば、矢張り相手も繋がり続けるものなのだろうか?純粋な疑問を口にすると、マウシは意外な面持ちでうーん、と唸り始めた。

「考えたことがなかったなあ。生まれ変わりは女から男へ、男から女へもあるから、生まれ変わりと相手との結びつきは関係ないよ。それに、旦那さんが先に死んで奥さんのお腹の赤ちゃんに生まれ変わることがあるからね。好きになった相手と付き合えばいいし、結婚すればいいんじゃないかな」
「なるほどね。確かに、自分のお母さんを恋人にはできないなあ」
「でも、自分の相手がわかるってすごいと思うよ。エスゲンさんはどうやってわかったの?」
「えっ私かい?」

想像だにしない問いかけに、エスゲンは目を丸くして驚いた。マウシの考えるところはだいたい想像される。40もとうに過ぎた自分にナーマがいることは自然なのだ。たまたま、そうたまたま自分には見つかって居ないだけであって、マウシは悪くはない。気まずさに咳を一つすると、エスゲンは居ないんだ、と乾いた声で答えた。

「私も知りたいんだけどね。みんな、どうやって見つけるんだろうなあ。一緒にいたい人がそうなのかな?」
「そっか。変なこと聞いちゃってごめん、エスゲンさん。一緒にいたい人とずっと一緒にいるのが一番だって、俺は思うけど……だったら、今はエスゲンさんが俺のナーマかな?」
「な」

そういうものじゃないの、というマウシは普段となんら変わることがない。意味をもたせてしまうのはいつだってエスゲンの方なのだ。ナーマはきっとそういうものではないと思うよ、と言うべきか迷い、結局エスゲンはやめてしまった。驚きを凌駕して沸き起こった喜びをどう処理すればいいのかがわからない。マウシの輝く瞳を見ながら、エスゲンは曖昧に頷いてみせた。

「……それもいいね」
「でしょ?」

ドタール族は、戦いの中で魂を輝かせるのだという。魂の輝きがなんであるのかエスゲンには解らないが、マウシの瞳の中には星が輝いている。ナーマの流した涙も、きっとこんな風に輝いたことだろう。ナーマ。例え、その人が誰かも解らずにいたとしてもいいではないか。こんなにも美しい星の人が隣にいる幸せは、確かにかけがえのないもので、エスゲンは嗚呼と小さく嘆じた。相変わらず、自分は瑣末なことに悩まされてばかりいる。

「マウシ君。明日も、ここで会えないかな」
「もちろん!ね、明日のおやつをリクエストしてもいいかな」
「……本当はおやつに会いたいんじゃないのかい?」
「エスゲンさん!」
「冗談だよ、冗談」
「もう。……俺ね、ボーズが食べたいんだ。あのもちもちしてる方!エスゲンさん前に作ってくれたの、すごく美味しかったから、また食べたくて」
「そんなに褒められちゃうとは、張り切らないとね。もちろんだよ」

今夜の献立と奇しくも同じリクエストであることに、意味をもたせてしまうのは矢張りエスゲンだけだ。奇遇だね、と話すこともない。ただただ全てが心地良い。輝く星の眩しさに、エスゲンは目を細めて頷いた。


〆.