ORIGINAL BL NOVEL
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私も貴方も全く喰えない


悪食と我が儘


 しつこいものが苦手だ。石沢俊樹(いしざわ としき)は深く溜め息をついて目の前の男に抱きついた。目下石沢は一つのベッドの中、裸でぴったりと恋人と身を寄せ合っている。要するに事後というもので、習慣的に頭は目覚めたものの、石沢は少しも起き上がれない程に疲れ切っていた。全ては目の前でぐうすか深く深く眠っている木更津隆二(きさらづ りゅうじ)のせいである。眠っている顔立ちすら綺麗だというのは美青年の特権だが、すっかり中年の盛りにさしかかっている石沢は少々ねたましく思う。だが、悩まされつつもこの男に絆され、愛してしまっているのだから仕方がない。その美しさはある意味で石沢のものでもあった。

 木更津が小説家と言う業からなのか、元来持つのか解らない異常なまでの好奇心によって始まった関係は、今ではひどく甘い恋人らしい関係にもつれ込んでいる。そもそもそういったいざこざなしの、さらりとした共同生活を営もうと手を打って同棲したというのにおかしな話だった。尚、元々同性愛者であった石沢にはこれという下心はなく、木更津にもなかったのである。全ては偶然と越えるに躊躇する一線を越えさせた好奇心に拠る。

「おはようさん」
「……おはよう」

まだ眠気との戦いの残る様子で木更津が目を覚ます。挨拶と同時に口付けをしてくる辺、本当に彼は手慣れていると石沢は感嘆した。伊達に遊んで来た訳でもなく、恋愛を主とした小説を書いている訳でもない。石沢も散々遊んで来た口ではあるものの、ここまで甘く接して来る相手は木更津が初めてだった。自分の方が余程年上だというのに、毎度の事ながら翻弄されてしまう。赤く染まる頬を恥ずかしく思いながら、石沢はぎこちなく木更津に口付けを返し、体勢を変えた瞬間痛みに顔を顰めた。

「痛いか?マッサージでもするか?」
「少しね。でもマッサージは遠慮しておくわ。貴方、マッサージだけで終わったためしがないじゃない」
「トシに触るのが好きだからさ、もっと触っていたくなるんだ」
「こら」

この男の悪いところは、下心からくるおもねりなどではなく、心底思った事を正直に伝えて来る所だった。自分にそんなことを言ってくれるのは恐らく木更津しかいないだろう。ゆっくりと身体を起き上がらせると、石沢はこのままでは抱き潰されてしまう、とかつて抱いた事のない恐怖を感じ取った。腹上死は奢侈と言う時代もあったらしいが、石沢は御免被りたい。むすくれる木更津の頭を撫でると、石沢はぎゅ、とその頬をつねってやった。

「隆二君、もう私限界よ。これ以上続けてたら死んじゃう」
「気持ち良すぎて?」
「おばか。体力の方よ。おじさんなんだから、手加減して頂戴。今日からセックスは一週間に一度だけね」
「え」

そんなあ、と情けない声をあげて木更津が縋り付いて来る。こんな真似をする様を、他の誰が想像できるだろうか?人気小説家で、衆目を集めて愛される、完璧な存在からはほど遠い。全て石沢だけに許された特権だった。だが、かといって自分の身の全てを削るつもりはさらさらない。第一、木更津は常人に比べて旺盛過ぎる。約束を守れなかったら家に帰ってきませんからね、と言うと、本気を悟ったようでいよいよ泣きが入った。

「貴方の事が大好きだから、お休みしながらずっと一緒にいたいだけよ。飽きた訳でも嫌いな訳でもないんだから。それとも、やらせてくれない私は嫌いかしら?」
「嫌いじゃない、なれない」
「宜しい」

我慢できたらご褒美をあげるからね、と付け加えて、石沢はいよいよ常人らしい活動に入った。




 人生は冒険である。未知とぶつかり、知り、既知からさらなる未知を得る。好奇心を研ぎすまして、新しいものに触れて変化することにこそ、進化の道筋はあるのだ。少なくとも、木更津はそんな人生が大好きである。だから、石沢というぴったりと自分のために作られたような存在と寄り添うことは、女性との恋愛関係しか思い描いてなかった木更津にとっての青天の霹靂であっても進んで取り込んだ。石沢はゲイだが、木更津が手を出さなければ今の関係を想像する事もなかっただろう。彼は木更津に比べれば余程保守的なのだ。

 木更津が石沢について感謝していることの一つに、常に未知との遭遇を与えて好奇心を刺激してくれること、というものがある。傍に居て心の底から安心していられるということも大事なのだが、木更津は石沢のお陰で試したかったありとあらゆる体位も経験できたし、自分の限界まで挑む事も出来ていた。何せ木更津は若い上に身体を鍛えているので、少々規格外なのである。これまでの女性では中々できなかった全てをできるというのは満足だったし、何より石沢が淫蕩で悦んでくれているというのがたまらない。閨のことばかり考えているようで良くないのだが、全く似合わない女装もさせたし、執筆中の小説を再現するような関係を演じたこともあった。感想は一言にまとめると、最高、である。

「なんで駄目なんだよ」
「腰が痛いから。今日マッサージのお兄さんに、無理されない方が良いですよ、ってご老人のような扱いを受けたわ」
「マッサージなら俺がするのに」
「隆二君が触ると気持ち良過ぎるから駄目」

我ながら子供染みた不満だとは思う。だが、散々甘やかされて来た身の上としては、手のひらを返すように距離を置かれてしまうことが不安でならないのだ。ほぼほぼ毎日だった行為が一週間に一度になった上、横で並んで寝る事に我慢できずに襲ってしまってからは寝る事すら別々になってしまって悲しくてたまらない。もうしないから、と言ってもまるきり信じてもらえていないのは明白で、誤摩化すように口付けをされても煽られるばかりだった。

 石沢を足の間に抱え込んで一緒に自宅で映画を観るのはいつものことだが、こうも禁欲を申し付けられてしまうとどうにもそわそわしてしまう。元々、この関係の発端は石沢の匂いにあったので、一層意識してしまうのだ。高校生のように興奮して来てしまう自分を叱咤すると、木更津は石沢の頭を撫でた。これまでは大分長めに伸ばしていたのだが、突如として短く刈り込んでしまったのである。テクノカットに近い斬新な切り方のせいで、柔らかな雰囲気は払拭され、すっかり男性らしくなっていた。顔立ちは一般的な中年男性のそれであるし、化粧もしないので、益々口を開かなければオネエだとは思われないだろう。

「そうだ、隆二君。今からバーに行く?私のお店以外のとこ、興味あるって言ってたでしょ」
「行く」

興味があったのは事実であったし、後々の小説の材料になるかもしれない。木更津が速やかに頷くと、石沢はもう集中して観ていられなくなった映画を取りやめた。出かけるから着替えて来るのだと言う。今からもう?と驚けば、小さく笑って壁掛け時計を示された。もう夜の8時をまわっていた。

「隆二君、最近ずっと欲求不満だったみたいだから、気分転換に良いかと思って。ここ、昔よく遊びに来てたお店なの」
「へえ。意外と普通なんだな」

家から徒歩で一駅半は歩いたろう場所に、そのバーはあった。バーと言うよりもクラブに近い。重厚な扉の前に立つのは黒服で、会員制らしいが、石沢を見るとすぐさま扉を開けてくれた。お久しぶりですね、という黒服は実に馴れ馴れしい。ちらりと木更津を検分するその目つきが嫌で、木更津は乱暴に石沢の腰を抱いて店の中へと足を踏み入れた。

「トッシーさんじゃん!久しぶりだね。俺のこと、飽きたのかと思ったよ」
「冗談はよしてよ吹田(すいた)君。それより、新しい人が来たんだから歓迎してよね。こちら、木更津隆二君よ。隆二君、こっちはバーテンダー長の吹田君」
「宜しくお願いしますよ。ごひいきに」
「よろしく」

入るなり声をかけてきたのは、バーカウンターでグラスを磨くパンク調の格好をした男だった。年の頃は木更津とそう変わりはないだろう。店内は驚く程に広く、一部では人々が踊っていた。客はおしなべて男性で、幾人か女性の服装をしているようだったが、体つきで男であることが知れる。電子音楽に乗って踊る人々は他のクラブと何ら変わりはないというのに、一種異様な空気を醸していた。奥の方には個室なのか、クラブだというのに部屋がある。一体何故部屋が必要なのだろう、と見遣っていると、吹田がにやりと笑った。

「あそこはね、いいことしたい人が借りる部屋があるんだ。別料金だけど、結構人気があるんだぜ。お兄さんも気に入った人がいたら誘ってみるといいよ」
「へえ」

ハッテン場、というちらりと耳にしたゲイの出会いの場とは違うらしいが、すぐさま行動に移れる気軽さがここにはあるらしい。それを自由と呼ぶのかふしだらと呼ぶのかは木更津には解らなかった。石沢も散々遊んで来たということは、そこで誰かと寝たのだろうか。自分も過去に散々遊んで来た手前、穿り返すことは良くないと理性で解りながらも、木更津は密かに自分の想像に嫉妬した。気づけば石沢は傍らから抜け出しており、知り合いと思しき男性達と話している。要するに、自由に楽しめと言いたいらしい。

「トシが新しい人つれてきたって聞いたから見に来たけど、君、本当に綺麗だね。タチじゃなかったらタイプなのにな」
「……そう言うのって、見れば解るもんなんですか?」
「解らない人もいるよ。僕は高城(たかじょう)。トシさんとは昔なじみさ」

木更津です、と名を名乗りながら、木更津は高城を観察した。いかにも男性らしさを全身にまとったような男で、筋肉作りが趣味らしい。だが、筋肉の付け方の好みは木更津のそれとは明らかに違っていた。筋肉の多い子が好きなんだよ、という高城は石沢とそう変わらない年齢だろう。もしかしたらこの男とも、と想像して顔を顰めていると、高城が小さく笑った。

「木更津君はトシのことが好きなんだな。僕があいつと寝たか知りたそうな顔してるから教えてあげるけど、寝たことはあるよ。もう十五年は前になるけど」
「っ」

予想通りの回答に、木更津は反応に困ってしまった。そもそも十五年前の石沢が想像できない。今の自分よりも少し若い頃の石沢は高城の好み通りに筋肉がついていたのだろうか?今の木更津は身体は柔らかいものの、筋肉は並かそれ以下しかついていない。もう少し身体を鍛えてくれれば、今のようにお預け体制を強いられることもないはずなのだ。石沢の身体を思い出しただけで下半身に熱が集まる自分を笑うと、木更津は必死に続きを考えようとして困った。聞けば良いのか、それとも聞かずに当初通り一般的な好奇心を満たすに止めるのか。だが高城が会話の主導権を握っているため、行き先は木更津が知ることもなかった。




 禁欲生活、もとい普通の生活を取り戻そうキャンペーンも3週間目に突入し、すっかり石沢は今の生活に慣れていた。慣れていないのは木更津で、未だにだだっ子のようにして石沢に触れて来る。セックスは一週間に一度にと決めていたから、当たり前のようにその一度は激しかった。一生懸命な木更津は、その分だけ自分を求めているように感じられて、石沢は出来うる限りの要望には答えるように努めている。そんな風に、自分が愛しいと思う相手に何か出来るうちに尽くさなければ、もうその機会は訪れないような、そんな気がしていた。

知人のゲイバーに行こうと誘ったのはほんの思いつきだった。男子高校生のように毎日自分とどうしたら営めるかを考えて悩む木更津に気分転換をさせてやりたかったし、言うなれば世の中の広さを知ってもらいたかった。木更津は、元々異性愛者であり、同性愛者の友人はいない。唯一石沢だけだったし、石沢が営むゲイバーにも遊びに来ているのだが、余り親しんでいない。好奇心旺盛であるにも拘らず、珍しく掘り下げて来ない部分だった。それでも気になりはするようで、たまには旧交を温めようという心持ちで石沢は木更津を誘ったのである。

 吹田は未だに自分の好みを覚えていてくれて、とっておきのなんだよ、と笑いながらキウイのモヒートを渡してくれた。詰め込まれた新鮮で瑞々しいミントは、吹田がせっせと育てている代物である。目の端で、石沢は木更津が高城と話し始めるのを確認した。面倒な男にひっかかったものだ。

「トシさんがつれてきた爽やかな人、早速高城さんに捕まっちゃったねえ。トシさん、昔の悪い事ばれちゃうかもよ?」
「牧ちゃんは相変わらず口が悪いわね。隆二君は貴方のお好みかしら」
「うん。綺麗な人だもんね」

既に酔っているのか、怪し気な声に振り向けば牧利雄(まき としお)がけらけら笑っていた。この男は笑い上戸なのである。年の頃は木更津とそう変わらないだろう。体育大学出身で、今はジムのトレーナーをしていたように記憶している。実際、均整の撮れた体つきは、木更津程逞しくはないが美しかった。彼は石沢とは異なり、タチもネコもする。一体どちら側で木更津を想像しているのだろう、とちらりと興味を持つも、石沢はただ黙るに止めた。

「トシさんが狙ってないなら、俺狙ってみようかな。ああいう綺麗な子が必死になるの、好きなんだよね」
「そうね。必死な所はすごく可愛いわよ」

石沢が牧と話し始めた辺から、木更津がちらちらとこちらを伺っているのが知れる。嫉妬というよりは純粋な興味だと思うが、石沢は素直に可愛いと感じた。自分の大好きな作家が自分に執心で、しかもそれが恋人であれば尚更嬉しい。本当は明後日あたりにしようと思っていたのだが、気分が良いので今日はこのまま一緒にベッドで寝転んでもいい。いっそ誘ってみようか、とあれこれ考えていると、隣で牧が呆れたような声を出した。

「なんだ、見せびらかしに来た訳?トシさんの彼氏ってタイプじゃないから騙されたよ」
「ふふ、見せびらかすつもりはなかったのよ。ただの気分転換」
「気分転換ねえ。トシさん、たまには運動でもどう?ベッド以外の運動もしないと、そろそろつらくなるよ。あの人、強そうだし」
「わかる?それが悩みなのよね……そうだ、牧ちゃんのジムってどこにあるの?行きやすかったらそこに通おうかしら」
「初心者大歓迎だよ。ここからそんなに遠くないし、新しい施設だから綺麗なんだ。今なら無料体験キャンペーン中。ぜひどうぞ」
「あら、本当に近いのね」

ひらりと魔法のように現れたビラは、石沢の家から然程遠くない場所を示していた。牧ならば安心して任せられるだろう。牧の出勤日を教えてもらうと、石沢はスケジュールに入れ込んだ。木更津との約束(一応デートもするのだ、家にばかりいるわけではない)に被らない日を選ぶと、必要なものも揃えられるから、という安心の一言を貰って石沢は微笑んだ。映画鑑賞以外に然程時間を費やす趣味がない自分にも、何か日常生活に活きる趣味が出来そうである。

「トシ」
「ん?」

かけられた声に現実に返れば、木更津が非常に不機嫌そうな顔をして睨んでいた。それも本の僅か近づけば、口付けだって出来そうな程の近さで、である。恐らくこの調子では何度か呼んでいたのだろう。苦笑すると、石沢は木更津の顎を掴んで頬に口付けてやった。この青年は石沢に甘えることが多い。石沢が知る限り、他所ではしっかり者で通しているようだから、これは自分に与えられた特権なのだろう。木更津が渋々ながらも頬を緩ませ、軽く唇に口付けてくる。ヒュウ、と口笛を鳴らしたのは牧だろうか。

「もうお話は終わったの?」
「大体は。ぱっと見普通なんだな、ここ」
「お酒飲むのに普通も普通じゃないもないと思うわよ?ここ風俗じゃないし」
「トシから風俗って聞くと意外だな」

目を細めるだけで、木更津が一層不機嫌になった事が知れる。木更津は潔癖性めいた部分があるから、石沢に経験があるという事実が嫌だったのかもしれない。尤も、石沢の経験と言うのはせいぜい1、2回がいいところで、宅配ピザ宜しく頼んでみただけだ。結果は不満足だったために、今や記憶の彼方である。

「俺を置いてけぼりにしないでよ、二人とも。隆二君、だっけ。トシさんのどこが好きになったか聞いても良い?」
「難しいことを聞くな」

うーん、と真面目に木更津が唸り始める。無駄な質問だと石沢は牧を睨んだ。ただの過ぎた好奇心で始まった関係だから、好きなところも何もあったものではない。甘えを許してくれるから、とかセックスが面白いから、とかそんな回答だろう。だが、どこかでそれ以外にももっと何かあることを教えて欲しい、と石沢は木更津の答えを待っていた。石沢には?石沢には、今や木更津を愛しいと思う理由がごまんとあるのだ。

「解らなくなるくらい好きなのかな。妬けるねえ。そりゃ、トシさんが頑張ろうって思う訳だ」
「……口惜しいが、図星だな。最近好きになったところを一つ言っておくと、俺にお預けしてるくせに、本当は早く甘やかしたいって顔をしているところが好きだな。で、トシ。俺のために何をどう頑張ろうとしてるんだ?」

卑怯だ。何と言う回答だろう。背後から抱きかかえるようにしてきた木更津に身体を預けると、石沢はアルコールのせいではなく赤く染まった自分の頬に触れた。こんなにも素直に率直な愛の言葉をもらったことは、これまでの人生で一度としてない。全く免疫のない事態に、石沢はすっかり参ってしまった。暢気な牧が、本気だね隆二君は、などと軽口を叩いている。

「トシ、教えてくれよ」
「……もう。ちょっとは体力をつけようとしてるのよ。今、牧ちゃんが働いてるジムに行く話もしたの」
「俺ともっとするために?」
「そうよ」

正直に告げると、木更津が嬉しそうにぎゅうと抱きついて来た。何をするのかは言わずとも知れる。隠した所で今更だ。

「でもさ、ジムには行かなくていいよ。筋トレとストレッチなら俺が教えるし、付き合わせて」
「それだけで終わらないでしょ!良い、隆二君。いつも言ってるけど、貴方以上に私も我慢するのは辛いの。この意味、解る?」
「解るよ」

小さく笑うと、木更津はそれでも行かないで欲しい、と強請った。どうやら間抜けなことに、この青年は石沢が運動する姿を他に見られたくないらしい。きっと、別の意味で見られたものではない姿が晒されるだけなのだが、木更津にとっては相当の値打ちものなのだ。過分に愛されてると好意的に捉えておこう、と決めると、石沢は吹田にカクテルを注文した。飲まねばやっていけない恥ずかしさが充満していた。




 雪解けはいつも突然に訪れる。朝、隣でこちらを見守る石沢と目が合った瞬間、木更津はすぐに気づいた。自慢ではないが、木更津は観察眼に優れている。石沢が機嫌良く、木更津を甘やかす準備ができている様子なのは明らかだ。ゲイバーから帰った昨晩も実に親密に睦み合ったもののセックスには至らず(堪えるのがなんと辛かった事か)、悶々としたままに迎えてこれならば答えたは一つだろう。因に今日もセックスの予定日ではない。予定では明日のはずだ。手を伸ばして頬に触れると、石沢が柔らかくその手を絡ませる。起き上がると、木更津は堪らなくなって石沢に口付けた。今日も唇が柔らかい。化粧こそしないものの、石沢は肌質を綺麗に保つために手を尽くしている。何度も啄んで柔らかさを堪能すると、今度は舌で唇を舐める。意図を察して開いた扉の向こうに侵入すれば、最早それは擬似的なセックスに近い。現に悶える石沢の足がこちらに絡んで来ているし、うねる腰を撫でれば抵抗感もなく迎え入れられた。

「……してもいいのか、トシ?まだ体力つけてないぞ」
「だってしたいんだもの。お互いがしたい時にできなかったら、悲しいじゃない?それにその……隆二君なら、私が倒れちゃってもお世話をお願いできるものね」
「マッサージは得意だからな」

実際の所、事後のストレッチくらいならば問題なくできるのではないかと木更津は考えた。その程度のことならば難なくこなせるし、一層石沢の身体が柔らかくなれば、試せることも増えるというわけだ。石沢の世話をするのも楽しいだろう。でも、と木更津は首と首とを絡ませながら微笑んだ。

「トシがしたいなら、ポリネシアンセックスとか、なんだっけ、そういうスローセックスについて勉強するのも歓迎するよ」
「いいわ、勉強しなくて」

まだ貴方にがっつかれる方が嬉しいから、と恥ずかしがりながら口走る石沢はつくづく狡いと思う。そんなことを言われて喜ばない人間がいたら一目見たいものだ。石沢の匂いを嗅ぐ。初めて触れ合った時からずっと自分を夢中にさせて止まないものだ。安心できる、甘やかされ、ついで自分も甘やかしたいと思わせる存在は、石沢を置いて他になかった。石沢が肩口に噛み付いて来る。この先に行きたいと強請る石沢の素直さが木更津には嬉しかった。

「筋トレとか、ストレッチ、貴方とできないって言ったでしょ?あれはね、本当は私が欲張りだからなの」
「……俺を意識する、とか?」
「違うわ。貴方に欲情しちゃって勿体なく思う、っていうのが正解よ」
「な」
「だからできないの。マッサージもそうよ。まあ、その……貴方も同じ気持ちみたいだから、嬉しいけれどね」
「トシ!」

全くこの男は最高だ。木更津は唸ると、ゆっくり丁寧に、というスローガンを破り去って石沢を押し倒した。作家の自分を凌駕する程に意表をつく石沢が愛しい。欲を張るのは自分相手だけだと知れば尚更だ。今日は何をしよう?明日も、明後日も、やりたいことは山ほどある。それは勿論セックスだけではない、だが今堪らなく木更津は石沢に触れたかったし、きっと石沢もそうなのだ。焦れた石沢の鼻を軽く噛むと、木更津は少しだけ下品な台詞を吐いて開幕した。

「それじゃ、しながら筋トレもしような、トシ」
「そんな簡単な方法があるの?なんだか嫌な予感しかしないわね」
「大丈夫、すごく気持ち良いからトシはきっと気に入るよ」

ご褒美をくれる、と石沢は言う。何でも甘やかしてくれているくせにもっとくれるのだ。ならばどこまでも貪欲に求めようと木更津は心に決めていた。この腹が一杯になりすぎてはち切れるまで求めよう。そうして良いと、言ってくれたのは石沢だけなのだから。


〆.

あとがき>>
 オネエと青年の続きです。事故の後でただいちゃついて仲良くしている様が描きたかっただけなので、よく書いていた葛藤系の話ではない……!石沢は諦めているので、去る前にあげられるものを全部あげようとせっせこ甘やかしているのだけれども、木更津が食い下がっているのでバランスよくまとまっている悪食二人なのだと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!