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 twitterで、「#ファボした人をイメージした街を紹介する」というタグをやっていたものです。ある旅行者が旅先を決めるべく、各街の紹介を受けるという体にしたかったので、一覧表示になっています。順番はふぁぼ順です。


■旅の始まり

 こんにちは、いいお天気ですね!ようこそ、中央駅へ。北の果てから南の先、星の裏側にだってここから行けますとも。なるほど、休暇ですか。切符はお持ちでしょうか?……ははあ、どこかへは行きたい、けれども当てはない、のですね。ご安心ください、ここは中央駅、あらゆる場所に繋がっております。あちらの観光案内所へどうぞ。あらゆる街の人々が、あなたを誘ってくれるでしょう。どうか気兼ねなく、思うがままに出かけてください!

行き先が決まったならば、またいらしてください。いつでも、あなたのための切符をご用意してお待ちしております。素敵な街に出会えますように!




■幻視の街

 よく目を凝らしてくださいね。こちらへどうぞ。ああ、見えませんでしたか?椅子はこちらですよ。良い椅子でしょう。私の街ではこうしたものを作っているものでーー特産品、と言っても良いでしょうね。百聞は一見に如かず、まずは写真をご覧に入れましょう。昨日撮影されたばかりのものですよ。これは中心街、白銀の塔がいくつも連なっているところに色とりどりの布が塔同士を結ぶように垂れ下がっているんです。ほら、もっと近くで!布が見えない?では少し遠くに離れて。布があるでしょう?こんなにも美しい街、他所にはそうありませんよ。

狐につままれたような顔をしてらっしゃいますねえ。さまよえる湖をご存知ですか?東の方に、どこかに突然現れては消える、そんな湖があるそうです。私の街も似ているかもしれませんね。この街は色々なものが重なっていて、すれ違うようにできているものですから、近くにはなくて遠くにあったり、逆に近くにあって遠くにないものだったりが見えるんです。目の前にあるものしかない日々から出てこその旅行じゃありませんか、だったら私の街ほど最適なものはないはずです。

 もちろん、目に見えるものだけではありませんとも!耳にするもの、鼻に香るもの、舌で味わい手で触れるもの、全てが一度に感じられないものを感じ、感じるものを失うことができます。一度経験したならば、息もつけぬ程に焦がれさせてあげましょう、求めさせてあげましょう、この街の全てを観て回るのに、一生だなんてなんて短い!はは、驚かないでくださいな。私の街には何でもあるんです、あなたが求めるものならば全て。ただ、手に入れられるかはあなた次第。私にだって助けられません。何せあなたにしか見えないのですから。一番ホームへお越しください。流石に入り口だけはいつでもご用意できています。ええ、本当ですとも!




■設計士による、設計された設計のための街

 GV362、あ-S12の系統を受け継いでいますね。あなたのことですよ、もちろん!いやあ、こうして制作物に出会うことほど嬉しいことはありませんものね。正気で本気でお話ししている、これは単なる事実です。この世に存在するありとあらゆるものは設計された上でこの世に出現できる、当たり前の話じゃありませんか。だから、私の街ではありとあらゆるものの設計を延々作り続けているという訳です。線はきっちり、その先に開ける進化・展開・異変全ては織り込み済みの出来事なのですよ。

例えばこの仕切り板は、私の街が誇る3代目の家具設計士が原初の仕切り板を設計したことに始まります。どんなものでも設計通りに作れば完璧ーー設計通りに実行すれば完璧ですが、逆に言えば面白みはありません。ですから、私の街では設計士たちは期待をせざるを得ません。この世に放った設計が、一体どんな形でこの世に形作られるのかこの目で見るまでは何もないことと同じです、そうは思いませんか?

 自分で作る?そんなことをしてしまったら、せっかくの完璧が崩れてしまいますよ。作った設計に手直しを、改良を、更なる進化を齎し続けていたらキリがない。いつまでたっても私の街の外にものが生まれないことになってしまう!設計は作るから設計です。きっちり線を引く。物理的に、哲学的に可能な重みと深みを加える。誰にとっても明瞭な説明書きを加えたら、私の街の特産品である設計図と設計書ができるというわけです。

だから旅人は大歓迎ですよ!作ったものをまた見直して新しい設計を作る良い機会です。あなたならきっと彼らに刺激を与えられるし、あなたも望めば新しい自分を設計できるでしょう。プラットホームは二番、完璧に設計された扉を潜ってさあ、どうぞ。




■灯の生まれる街

 眩しそうですね、少し弱めましょうか。この辺りですかね。うん、あなたの顔が一番よく見える。あなたからもよく見えますか?素晴らしい!灯は私たちが感じてこそ、だからこそあるものですからね。私はよく知っているんです、詳しいんですよ、灯のことならば。私の街はこの世に一つ、灯が灯されるための元を作り続けている、言わば灯の工房のようなものです。朝のまどろみにそっと終わりを告げる曙光から、瞳の向こうで意中の方を一層美しく見せるもの、木洩れ陽、湖の中で揺らめく偽物の輝き、沈みゆく日に点けられたガス灯、月の明かりなんてものもありますね。何から何まで私の街で作っているんです!嘘ではありませんよ。来ていただければすぐにわかります。

 考えてもご覧ください、灯のない世界を。目に光がなければ目に映っていたものが本当に存在するかだなんて関係ないでしょう?灯があるからこそ見えるものがあるのです。闇の中で手で触ったものと、灯の下で見るものは矢張りまるで違うーー同じものであって、双生児のように異なる存在なんです。だから、大事にするに越したことはありませんね。ああ、私が言っているのは目のための灯の話だけではありませんよ。ほら、閃きってあるでしょう。時にひょんと思いつく、それ。まさにあなたの頭の中に私の街から灯を送った瞬間です。

 多くの灯はどこに灯るのか解って生み出しているのですが、どうにもわからないものがあって、まだまだ工房の研究は続くでしょうね。お越しいただいた際には是非、点灯なさってください。もしかしたらあなたに、あるいは誰かにあなたも灯を送るでしょう。私の街でしかできない貴重な経験ですよ。それに、街の特別財産として管理されている原初の灯と来たら、その下にある世界全てがこれまでとはまるで違うように見えてしまって、なかなか目を離せないほどです。なんでも、見つめ続けて目が乾ききってしまった方もいるとか。そうした方には心の中に消えぬ灯を灯して差し上げるようにしておりますから、ご安心を。

 さあ三番ホームへ。温もりのある灯と共に、あなたの訪れをお待ちしております。




■謎の街

 はい、ではお好きな札を選んでください。選んだら私に見せないようにしてポケットにでも入れておいてください。大丈夫、これは無料ですから。まあ座ってくださいよ!椅子ですって。これが椅子。まずは持ち手を握って、横柱が出て来ましたね。上手い!あと一息ですよ。そう、そこそこ!いやあ、筋の良い方だ。この椅子は私の街の細工師が作った者でしてね、板に見えて椅子、それも豪華なものになったでしょう?一度で解けるとはあなた、本当に凄いですよ。大抵の方は三回はやり直しますね。

私の街はこうした小さな謎から大きな謎まで、作り込んで組み込んで楽しんで魅せることに血道を上げているんです。子供の頃は盤上遊戯と畑の作付けを同時に解かなければなりませんし、船に乗るには船頭の問いに答えなければなりません。手はどこまでも柔らかく自在に動かし、頭はそれよりも更に柔らかく回る、何よりも楽しむものを楽しまなければ!大丈夫、あなたもきっと楽しく過ごせますよ。楽しめるものだけをお見せしているんです。これが唯一の決まりでね。

 例えば駅舎に辿り着いたら、あなたの謎はそこで既に始まっています。宿への道のりを探るには、まず地図を解きほぐすでしょう。駅員に尋ねるには紙のパズルを一問答えなければならないでしょうね。無事に出られたならばあなたは様々な民家の玄関を抜けて二階三階へと駆け上がり、迷路のような小道を抜けて行くでしょう。屋上で振り返れば、もしかしたら一つの絵をそこに見出すかもしれませんし、差し出された焼き菓子のどれかにヒントが入っているかもしれません。各家の庭はひどく凝っていて、いつでも笑顔で見せてもらえるでしょうが、できれば朝方に入ることをお勧めします。ええ、迷宮になっていますから!

 疲れさせはしませんよ。私の街では皆あなたが謎を解くことに手伝いますし、一緒に解くでしょう。出来上がった時の喜びはなににも代え難く、休む間に見る舞踏集団にあなたは隠された文字を見出すに違いありません。日々は謎であり、解答であり、またそれが新たな謎を生み出すのです。土産はもちろん、あなたが作る新たな謎。私の街を巡ったあなたなら、きっと私の街の人々が総出をあげて解かねばならない謎を生み出せること請け合いです。

 さあ、立ち上がって先ほどの札を見せてください!答えは四番ホーム、あなたの行き先です、そうでしょう?




■滑り落ちてしまった全ての小さなものの街 

 あっ、すみません。ごめんなさいね、細かいものだから……落ちてしまうんですよ、ほら隙間に入って。あと少し……捕まえた!見覚えがありませんか?ありますか!良かった。そうじゃないかと思っていたんです。こんなに綺麗な指輪、誰か探してるに違いないってね。

驚くのはまだ早いですよ。私の街では、誰もが拾い手なものですから、こうして滑り落ちてしまったものがどこまでもどこまでも、それこそ砂漠の砂のように広がっているんです。ボタン、ピン、硬貨に切手、誰かにもらった花、指輪、本当になんでも小さなものならば揃えています。中には稀ですが骨なども。骨拾いの子はなかなか苦労しているようですよ……なかなかおめあてに出会えないってね。生きている方は街の入り口で拾われるものですが、動かないものは難しい。怖がらないでくださいね。拾い手は何人いても足りないくらいなんです。小さな子供達はいつだって大歓迎ですよ。

 朝、目が覚めたら、私の街の人間はそっと耳を澄ませます。それぞれの耳に、全く違う何か落とされたものの音が届くんです。ある人はボタンだけ、硬貨だけ、私は手紙が専門です。先ほどの指輪は昨日の担当者が拾っておいたものですよ。見事な技でしょう。落としてしまって、探したけれども見つからない、もうなくなってしまったんだと忘れたものってありませんか?思い出せなくてもいいんです、私の街へ来れば思い出せますからね!年に一度の忘れ物祭りは見ものですよ。よその街の人も拾い手になって、街から滑り落ちてしまった本当に小さなものを探すんです。一体何が拾われるのか、毎年賭けが出るほど白熱した祭りなんですよ。

 さあ、五番ホームへ。あなたの落としたものはなんでしょうね?看板が小さいので、どうか見落とさないように。




■笑い転げるほどに軽く、そして重い街 

 こんにちはだ、チャーリー。無理やりはよくないよ。まずは紹介をしなければね。……改めまして、ごきげんよう!良い声です。シンシアもアキラも喜んでいます。見えない?なるほど、触ってください。ほらほら、この確かな手触り……ね、存在しないものじゃないってわかるでしょう。存在しているんです、ここに。獣たちが。私の街の住民は、半分が獣、半分が人といったところです。目でわかるかわからないかはものによりますね。重みがついた日は見えます。でも、重みから自由になった日は見えないんです。

 この星に住んでいるならば誰しも感じずにはいられない、重力ってやつが気まぐれに変わる、そう言う場所なんですなあ。体にしっかり馴染んでいるせいで、こんな遠くに来ても変わらないんですよ。面白いのは、魂だけは重力と関わらないので元の場所にあり続けるってことでしょうか。だから、遊びに行くときも一苦労ですよ。約束した時に、果たして二人とも同じ重力に結び付けられているかわかりませんから。抜け殻になった肉体が出会えることを祈って、私の街ではどこまでもどこまでも続く高い塔を立ててあるんです。ふわふわと外から入り込むかもしれませんから、ただぐるりに穴が開いてるようなものでしてーー鳩の巣穴を想像していただければちょうど良いですね。羽休めですよ。

なあに、慣れてしまえばどうって言う事もありません。予兆までわかるようになってくるもんですから、魂だけでは味わえない冒涜的な食事や空中ブランコ、蟹のつかみ取りに火渡りだなんて遊びが毎日どこでも楽しめるようになっているんです。もちろん、魂だけだからこそできる遊びも毎日行われていますよ。よそではそんな真似、魂がいくつあってもやりたくないでしょうがーー象に踏まれてみたり、解体ショーに参加したり、海底でのんびり寝過ごしたりができるんです。お得でしょう?いつ重みが戻ってきても良いように、抜群のタイミングでお返しする事請け合いです。

 始まりは六番ホーム、たどり着くまでは重みを忘れないでくださいね!




■永久円環の二つの街

 こんにちは。二人で一つの紹介をしているんです、お得でしょう?私の街はこの子の街とは切っても切り離せない、文字通りに姉妹街なんです。ええ、別の街ですよ。始まりは百年ほど前に遡ります。元々窪んだだだ広い土地が広がっていると言われていた場所に、開拓者達が入り、耕そうとしても耕そうとしても遺跡に当たってしまいました。学者達が乗り出して研究したところ、五百年ほど前の遺跡だということでした。それも盛大に繁栄したと思われる街なんです。この広い土地の周囲にはどこにもそんなものはなかったので、発見されるまで存在を認識すらされていなかったんですね。

 これが姉の街、いわゆる遺跡の、昔の人々が住み暮らす街が発見された瞬間でした。遺跡を掘ってもさらに遺跡が現れるので、未だに底が見えません。そうなればどんどんと研究者の方も増えて来て、人足となった開拓者も子供や孫ができるようになりました。新しい時代のためには新しい土地が必要だったんです!なので、遺跡の合間合間に確かに空白が存在すると考えられた場所を少しずつ新しい街としてーー妹の街として作ることにしたのは当然の流れでしょう。当初の予定では、遺跡を中心としたぐるりを囲む形で広がっていく予定だったんですが、途中途中で遺跡が食い込んでいたりしていて、未だにどちらがどちらとは言い難い状態です。ルールは一つ、遺跡の上には住まない。かつて住んでいた人が放棄したんです、住むためのものでは最早ありますまい。

 ええ、妹の話す通りです。とは言え最早一番上の層の遺跡に至っては見慣れた風景ですから、希少度の低い遺物の類は美術品と称して土産物店に売られていますよ。ほら、この見事なモザイク画!頭の上に八本の手が広がっている、神々しい生き物の絵です。一体何を現しているのかはわかりませんが、きっとぞっとするほど面白い話を抱え込んでいるに違いありません。五年ほど前には、さらに面白い事実がわかりました!掘り進めていくうちに、数々の遺跡もまた、私の街と妹の街のように一つの古い街を学ぶために新しい街が取り囲み、取り込まれていったらしいということです。どういうことでしょうね?街が街を呼ぶとでも言うのでしょうか。

 いつか、私と姉が暮らす街の風景が、数百年後に遺跡として残り、誰かに見つかると言うのは中々のロマンですよね。ええ、あなたももちろんその過去の一人になれるんです!こちらは名物の”永久円環のパイ”。パイ皮に染み込んだ糖蜜と肉が、一層一層異なる隠し味で包み込まれたものです。遺跡を発掘するように、ゆっくりと慎重に食べてくださいね。隠し味を全問正解した方には最下層の遺跡をご案内いたします!

 さあ、私たちの街へ。この上ない幸福は七番ホーム、共に未来に取り込まれましょう!




■殻を開ける街 

 コツはね、一体どこが柔らかいのか見つけることです。入り口さえ見つかればどんなものでも一瞬ですよ。これはどこかな……教えちゃくれませんか?ねえ。ほう、ここから攻めると。良い、良いですよ!ほら開いた。いやいや肝心要は中身です。この輝き、手触り、間違いなく太陽のドレスですよ!良いものを引き当てたもんだ。流石は私の街です。

 ご紹介が遅れましたが、私の街はこうした開けるべき殻が大量に転がっている街なんです。貝に胡桃にそんなところくらいしかこっちではお目にかかれないでしょう?もちろんどれも天然には違いありませんが、私の街ではどう見繕っても一軒家にしか見えないものが生えてきたこともありましたよ。本当ですって!街の名士がその腕をふるって、5人の名士で十日間かかってこじ開けたんです。中身はなんだと思います?お菓子の家でしたよ!だから、せっかくの徒労も水の泡、全部子供達のお腹に入ってしまいましたね。健康には問題ありません!食品系の殻に関する研究はもうずいぶん前に終わりました。

 ある日貝殻を捨てに行った人が、捨てた数よりも膨れ上がり、かつ見た事のない殻で埋まった湖畔を見たのが街の始まりだと言います。一説には、原初の殻達は貝殻に呼ばれたのだとか、そこから新しく生まれたのだとかいう話ですが、真実はただ一つ、殻は多種多様でどれも開けられるのを待っている、これに尽きます。一体元がどこにあって、どうして私の街に出てくるのかは誰も知りません。知らなくたって良いんです、開けるのに忙しいもんですからね!研究者連中は別ですが、朝起きてから食事にふさわしい殻を探し、開き、何か殻開け以外にやりたいことがあれば、それに必要な殻を探して開けるんです。朝から夜まで開けてばかり。幼い頃は私も苦労しましてね、腱鞘炎には悩まされました。今ではいい膏薬が出ましたから、それだけでも一見の価値ありですよ。

 真の名人は見えない殻をも破り、中身を綺麗に取り出すと聞きます。眉唾ですが、本当にそうなのかもしれないと、何人もの旅行者の方が訪れますね。多くは芸術家ですが、投資家やまだ未来を知らぬ学生なんかも探しに来ます。出会った人が自分の殻を打ち破れたと触れ回っているから、来る人は引きも切らずだ。そんな簡単なものなんですかねえ。手に掴むものならわかるんですが。

 あなたの運、ちょいと試してみませんか?可能性は全て八番ホーム、このナイフを忘れずに。




■霧中の街

 霧よ、我らと共にあれ!私の街の宣伝文句にして、正に街そのままを表した言葉です。私の街は年中湿っておりましてね、ええ、一年の内九割がたは霧に烟っているでしょう。今日は霧が濃いですね、というのは良いお日和ですねと同義です。見上げれば霧、見回しても見回しても霧、ぼんやりうっすらと世の中全てが微睡むように円やかだ。最初は驚かれるかもしれませんが、必ず心地よさを見いだすこと請け合いです。そうでなければ移民が多いことの証明にはなりませんよ。こちら、去年の人口推移と流入元のグラフになります。数字は確か!こればかりは霧でも霞ませられません。

 私の街では皆この霧を心の底から愛していると言って良い。今こうして私は街を出ているわけですが、どうにも落ち着きませんね。何でもかんでもはっきり見えるのが良いとは思えないんですよ。ぼんやりとしていた方が良いこともある。自分で距離の取り方を考えないといけないだなんて、ねえ。霧の中では皆どこか優しくなれるんです。同じ困難を共有していることからかもしれませんが、私の街の霧が良い香りで良い味がすることも理由かもしれません。もちろん屋内に入れば、どんな霧でも締め出されましょう。だと言うのに、街の人々は霧煙る屋外のテラスで過ごしたり、窓を開け放したりしているんです。食事には常に霧を添えて。霧は私たちの永遠の伴侶であり最高の調味料と言うわけですよ。

 そんな具合ですから、霧が晴れた日には大事なものを失った気がして落ち着かなくていけない。こうして街の外に出た時と同じで、世間全体が優しいとは思えなくなるんです。見なくても良いものが目に入るような、そんな気がしますーー現実がどうこうと言うよりも、見たい姿のままに見せてくれる優しさが好きなものでね。こちらは霧眼鏡、かければまるで霧の中にいるような心地になれる代物です。霧が晴れた日には颯爽とこれを身につけます。体の中に取り込む分にはこちらが便利。霧を閉じ込めた飲み物です。アルコール入りも、ないものもありますし、種類も様々で晴れた日を楽しむに相応しいものですよ。土産にも最適です。

 灰色にぼやけた霧が入った酒は”ザ・フォグ”、淡い桜色の霧が混じった茶は”夜霧”、黄色に咽び泣くのは”ウー”、冴え冴えとした冷たい青は雨に濡れた”ブリュイヤール”です。他にもまだまだありますから、霧の醸造所や蒸留所巡りも楽しみの一つとしてください。さあ、お近づきの印にまずは一杯、この街の霧を深く味わってくださいな。

 飲み込めました?霧に霞んでも、まっすぐ向こうを目指してくださいねーー九番ですよ!ホームは九番!




■生きの良い靴の街

 失礼、まだ幼いもので。礼儀は躾中なんですよ。たまには外に連れてみるのも良いかと思って連れてきてしまってすみませんね。ふふふ、驚かれずともよろしいでしょう!この世の中で最も生きの良い靴は私の街以外では生まれ得ない、特別なものですからね。成り立ちからお話ししますと、ある靴職人が7人の盗賊を倒した後、疲れ果てて休んだ折、靴に躓いたそうです。こんな疲れているところになんと間が悪いと舌打ちするのも束の間、その靴は自ら立ち上がって跳ね上がるではありませんか!靴職人は雷に打たれたように閃き、同じ靴を生み出すことを誓いました。そうして型紙から起こしたものは、躓いた靴と同じようにぴょこぴょこ跳ねる生きの良い靴だったのです。靴は靴を生み出し、靴を躾け、最上級の靴になるべく修練を積んで世に出ます。概ね静かに、靴としてあなたの足を守る牙城としての役割を、あるいは足元を着飾る役割を果たしているのですが、真の靴の魅力はそんなところでは止まりません。

 例えばマリー・アントワネットの足を包んだ小さなこの靴、本物ですよ!処刑の当日、毅然とした態度で断頭台に導けたのも、この靴が支えたからこそです。こちらは時代が降ってヘミングウェイ氏の履いた靴、彼の冒険心を後押ししたのはこの靴だからこそに他なりません。たかが靴、されど靴、私の街に来れば、あなたに相応しい本物の靴が見つけられることをお約束します。

 靴たちがどんな風に生まれ、育っていくのかも全てお見せしています。広い草原から荒地まで、靴にとって最適な環境を種々揃えています。油と靴墨、クリームを十分に与え、程よい湿り気でひび割れを防いだら、どこまでも好きに放牧しているんです。牧童たちが笛を吹けば一斉に集まってきますよ!後ろを隊列を組んで歩く靴たちは昼の見世物になっていますからね、お見逃しなく。夜には丁寧に汚れを落とし、拭き取ってやり、カビ一つない清潔な棚へと揃えさせます。そうして何年も必要な修練を積んだ靴がやがて本当の靴を履くべき人の元へと旅立っていくんですね。

ははあ、企業秘密。いいことを仰る。申し上げた通り、私の街でしか靴は飛んだり跳ねたりしません。どんなによそに連れていっても、そこでは靴は靴を産まないんです。愛玩するには良いでしょうが、それまでですね。私のような専門の調教師がいたならば動けはしますが、増えることは決してないんです。だから、私の街では皆移動せずに、黙々と靴に向かっていくんでしょう。

 旅には靴が必要だ、そうでしょう?他に行く前にどうでしょう。ホームは十番。記念品はまず靴べらをどうぞ。




■宇宙に一番近い街

 化石の街?いいえ、これから紹介する私の街は正真正銘の宇宙に一番近い街です。地面ではなく頭上にあって輝ける世界!ああ宇宙のなんと近く遠いことか。私たちが通常”そら”と呼ぶような手に届くものではなく、はるか向こうに無限に広がる世界、夢見た人は数知れず、掴めた人は指折り数えられるかどうか。月や太陽やらの周りを私たちの星がぐるぐる踊っているのはご存知の通りですが、流れ星がどこへ行くかはご存知ないでしょう。それもそのはず、全ては私の街に飛び込んでくるからです。ぐるりを御覧なさい、これらは化石ではなく流れ星の残りなんですよ。

 流れ星と一口に言っても種類は様々、大きさに色に音に味にそれぞれが個性的で飽きません。流れ星の味!こちらは記念すべき七つ星の年に落ちてきた星で作られたジャムです。パンにそうっと載せるとほら、爽やかなすうっとした匂いが広がりますでしょう。あの夜の恐ろしいほどに澄んだ清浄さを思い浮かべてください。かすかな甘みも全て天然のものです。ゆっくりと星を砕き、煮込んだり焼いたりした郷土料理は他にはない喜びをあなたに与えてくれるでしょう。

流れ星の中ではまだもう一度飛び立とうとするものもあるので、そう言ったものは酒に入れます。そうするとね、シュワッパチパチッと綺麗にはぜて喉奥に宇宙を巻き込んで行くんですよ。あなたの体が宇宙とそっくり繋がるんです。いつしか冷めてしまう熱ですが、どうしても忘れられず何杯も何杯もお代わりしてしまう。毎年新酒が出来上がる頃に遊びに来られる方もいますよ。星花火を眺めながらの一杯、新酒の登場と共に並べられる星料理のフルコースは特別な一夜にこそ相応しい。

 昔、私の街ではどこに星が落ちるのか見当がつかなくて、家も家畜も地面もいたるところが穴ぼこだらけでした。研究が進んで、今では星たちが好む飛び込み場所を作っています。まるで布団に潜り込むように柔らかに、優しく星たちは死を迎えて行くんですね。星の音を聞いたことがありますか?私が聞いたのは、もう何年か前になりますが、まるで歌っているようでした。高く低く、私たちの出せない音域が波になって空中を漂っていくのですよ。

 運が良ければあなたも聴けますとも!十一番ホームは星が輝くプレートを目指してくださいね。ホームの歌に耳をすませて列車をお待ちください。




■思い出の街 

 かつて、私の街は”残像の街”、と呼ばれていました。実際残像から出来上がった街なので間違いようもない正しい名前なんです。ただ、残像と申しましても想像がつきにくいでしょう?観光客を誘致するには足りないと、頭をひねって改称したのが今の”思い出の街”です。まあ、あながち間違ってはいませんよ。想像できるかできないか、そこだけが重要なんですからね。

 目をぎゅっと閉じて。開いて。また閉じて、ふわふわと花火が見えたら開いて。それまで見えたものに何かがかぶさっているように見えるでしょう。それも残像、何か見えたような気がした全ての形を持たないものたちは全て残像です。私の街では今見えているあなたの残像だけでなく、世界中の全ての人が瞼の奥に見た、あるいは見たつもりになっている残像が漂っています。古いものではもう千年は前になる残像が見られたという研究報告もありますから、私の街がいつからそうした残像貯まりになったか想像もつきません。

 朝食のトーストの焦げ目に塗っていないマーマレードジャムが輝き、香ばしいフレンチトーストの香りがあなたの頭に囁いてきます。ええ、残像は目だけでなくて、耳にも、鼻にも現れてくるものなんですよ。残念ながら直接触れることだけはできません。幻視の街とは違ってあなたの目の前から消えることはありませんが、本当にどこにも存在していないんです。でも、他人の残像だなんて不思議じゃありませんか。自分のものだって自分にしか見えないことが不思議でたまらないっていうのに、ここには誰かの見たという思いこみ、美しく言えば思い出だけが生きているんですから。住民に出会ってまともに話しをしたければ、まずは握手をお勧めします。確かなものは手から。その瞬間に生まれた残像はまたもやあなたをはぐらかすでしょう、けれども繋いだその手は現実にあり続けます。確かに!

 言うなれば、人生とはこれ全て思い出でできている、否、この世は全て思い出なんですよ。その奔流を体感できるのは私の街だけ。どうです、あなたの思い出が残っていないか、見に来ませんか。あなたが見た、あるいは見たかもしれない思い出が待ち続けているでしょう。確かなプレートは十二番ホームを指しています。必ず触って確認してください。




■ざわめきを汲み出す街

 こんにちは、こんにちはあ!はあ、聞き取りづらい、わかりますよ、でもこれが売りの街なものでどうにもひっぺ返せないんです。何がって、あなたを取り巻くざわめきですよ!私の街はこれを延々生み出しているーー源泉から汲み出し、加工して世界中にお届けしている、そういうわけなんです。だから私の体にも残滓が染み付いてるんでしょうね、街にいる時と同じで腹から声を出さなけりゃならない。でもね、嫌じゃないんですよ。慣れていけばほら、どうってこともない、そうでしょう、ね?

 人がいるのかいないのか、そもそも誰かが本当に話しているのか、動物が本当にそこにいるのか、小川はせせらぐのか、あなたの目では決して確認できない。けれども耳にはきちんと届くから、あなたは目の前以外にひらけた世界に確かに存在しているんだって実感できる。本当ですよ!ここだけの話、私の街には特別な部屋が一つだけあるんですーー全くの無音を経験できる部屋でーーそう長く滞在できた方はいやしません。少し長めにいた方は狂ってしまわれました。人には耳がついている。たとえ音という形でないにせよ、その形を波として全体に受け止めているんです。音がなくなればその波も消える。あなたがいた世界はどこかへ消える。恐ろしいでしょう。

 この世界から無音が消えているのは、私の街でこんこんと湧き続ける様々なざわめきの泉によります。泉とは言いますが、物によって硬かったり柔らかかったり、様々です。子供はかけらを拾って磨くことから始め、大人は精錬や鍛造を行います。叩いて、伸ばして、こねて、ざわめきの素を使うたびに世界のどこかを音が埋めて行くんですよ。心地いい光景です。人によってはいつまでも好きな音を閉じ込めておきたいと言って、鉱石型のものを持ち帰っていきますね。例えばこれ。そっと耳を押し当てて見てください。人の踏み入らない鍾乳洞の奥の奥、ポタポタと落ちる液体、コウモリたちの羽ばたきが聞こえてきますね。本当にそこにそう言ったものがあるかは知りませんよ!でも、あなたはあるのだと思える。それが肝心じゃないですか。

 たった一人で歩いても、あなたと共に足音が付いてくるし、血潮はざわめくでしょう。風は唸り、木々を教えてくれます。ジジと音がすれば虫が、ノックをした扉は確かに軋んで存在を教えてくれる。でも、本当に純粋な音はどんなものでしょう?目にすることなんてまずない、ええ、ないんです、私の街以外には。

 見えない音を見にきてください、十三番ホームで出発だ、あなたは本当にこの世界にいる、証明して差し上げますよ!




■美しい変わり身の街 

 おやおや手が足りない。二本だけじゃあねえ、握手をするにしたってもう二本あったっていいじゃないですか。足すことの四本。そウとなれば胴体も足さねばなりませんねえ、どれほど軽い素材で作っても、二本のために作られた体に四本はどうしたって重いものですからね。私の街では、こうしたありとあらゆる部品を作り、設置し、時には交換をしているんです。あらましをお話ししますと、世にも珍しいポーセリンのーーそれも細かな装飾が彫り込まれたーー体が発見され、さる国王が失った自分の半身のためにそれを複製せよと命じました。専用の陶工を始めとしたありとあらゆる技術者が集められ、一つの技術村が密やかに作られたのです。国王がなくなり、その数代後でようやく一般に公開されました。なにせ、その国の人々はもう十二分に恩恵を受けて、この技術を発揮する場所がなかったものですから!

 足りない部分を補うだけでは飽き足らず、追加したりより良い部位に交換することまで、体に関することは全て取り扱っています。近頃では獣の体や無機物に見える部位も人気ですよ。最上級品はもちろん生身の肉体に限りなく寄せております!誰もそれが作り物だとは思われないでしょうね。全身そっくり交換される方もいるほどですよ。次に上級とされるのはやはりポーセリンですね。絵付け師達が腕に縒をかけて開かせた世界の数々のなんと美しいこと、たとえあなたが失われたとしても、その存在を後代に伝えるに十分でしょう。

 現在最も研究が盛んなのは、作り物から本物の生命を生み出すことですね。これまで部位を作ることに専念してきたものの、やはりここまで作れるのであれば中身も作りたいと思うのは当然でしょう。神殿に祀られている、あの初めて発見されたポーセリンの体は、噂によれば動くのだそうです。極一部の人間にしか公開していないものだとか。どうです、気になりましたでしょう。永遠に美しい芸術品であるとはどういうもの何でしょうね?

 足りないものがなくても、いらないものがなくても、より良いあなたを見つけて差し上げる自信がございます。願いましては十四番ホーム、あなたの行き先は更なる未来、どうぞお楽しみください。




■勇者たちの街 

 物語の主人公にご興味はありませんか?それも、とっておきの勇者の物語、巷に流布し人々がどこか憧れや親しみを込めて名を呼ぶそれですよ。もちろん、あなたの人生の主人公はあなたですが、もっと大きな冒険に乗り出して見るのはいかがでしょう。申し遅れました、私の街は勇者が生まれる街でして、誰しもがどこかいつかのタイミングで必ず勇者になる街なのです。ですから勇者のための学校もありますし、初期訓練から装備に傭兵に様々な支援も手厚くできていますよ。もちろん、彼らもまた勇者、ないしは勇者であったかこれから勇者になる人々ですから、安心して身を預けていただければと思います。

 勇者と言っても、一口に恐ろしい魔物やら”悪”などというわかりやすいものを倒すために出かけさせられる人々ではありません。物語のテーマは種々様々でなければ飽きられてしまいますよ。例えば、あなたは朝、顔を洗っている時に、蓮華上人という名を耳にします。それが一体何なのかはその時にはわかりませんが、重要なことだけは確かなことがわかり、床屋の親父に打ち明けたならば、それは深く長い関わりのある話で、大陸の東の向こうまでその蓮華上人を追い求めにゆくことになるでしょう。この探訪の旅には道すがら別の勇者との出会いもあるかもしれません。それがあなたより先に旅立った、昼食を作っている最中に啓示を受けて旅だった定食屋のおかみさんということもあり得ます。この場合は、ええーー文献によれば、幻のハンペン煮込みのレシピを手に入れるために困難に立ち向かったとありますね。

 カビにせよ、害虫にせよ、困難に立ち向かう時の勇気こそが勇者の証ですし、途方も無い財宝や謎を求めたって良い訳です。日常でもできる?私の街に来なくても?そうでしょう、そうでしょう、でもねえ。世の中、きっかけって大事なものじゃあありませんか。ある意味あなたはまだ物語の序の口で、ページをめくる手を止めたままだということです。白紙に何かを生み出すのはとても辛い、辛いものですが、少しヒントがあれば進みやすい。私の街ではそれを啓示と呼びますし、誰にでも来たるべき時に送られるものなのです。あなたのように疑った方も多くいましたが、冒険を終えた後には笑顔でその旅路を、物語を記録していきました。

 せっかくの旅なんだ、冒険しようじゃありませんか!あなたに多くの物語のあらんことを祈って、十五番ホームをご案内しましょう。素敵な物語があなたをお待ちしています。




■蘇りの街 

 七年蝉ってご存知ですか?七年間土に潜って初めて大人としてこの世に出るという蝉ですよ。年数は違ったものがいくつかあるそうですがね、ともかく土の中に長く長くいる。土の中は安全なのかもしれませんね。私の街でも、土の中にものを埋めます。不思議なことなんですが、土に埋めたものは埋めた時間の長さの分だけ時間を取り戻すんですよ。おかげで何も育てられなくて、観光というかーー埋めたものの管理ばかりが大事な収入源という訳です。

 想像してみてください、例えばあなたが死んでしまって、それを悲しむ人がいる。もう一度会いたい、もう一度共に過ごしたいと思ったら、その人はあなたの亡骸を持って私の街に訪れれば宜しい。私たちは丁重にあなたを埋めるべき場所に埋めるでしょう。悲しんだ人は、あなたともう一度過ごしたい時間の分だけ待っていただいて、再び会いたい時に私の街を訪れれば良いんです。あなたが30歳で亡くなって、二十年埋まっていたらばあなたは10歳として土から戻るでしょう。その間にあなたともう一度待っていた方は10歳、歳をとる。そうやって会いたいと思うのは、一体どういう気持ちでしょうね。会えなくなるということのなんと悲しく恐ろしいことか!

 時折、長く長くそばにいたいと願うあまりに埋めた方が亡くなってしまったり、掘り起こす時期を失ってしまうことがあります。亡くなった時点で30歳ならば、その人の時間はどう足掻いても三十年だけ、それ以上には伸びないんです。しかも埋められるのは一度きり。もう一度出会った時には埋めた方が歳をとりすぎて、かえって辛いことになってしまった、なんていう話もあります。欲張りはね、やっぱりだめなんですよ。七年なら七年。十三年なら十三年。

 時間は有限だ、でも少しでも取り戻せるのならば取り戻したい、その気持ちは痛いほどにわかります。私の街の人間は皆、一度は埋められたことがありますから。面白いものですよ。ああ、殺されてしまった人を埋めて、犯人の名前を聞き出すなんてことや、遺産相続で揉めた親族が亡くなった方を取り戻そうという後ろ暗いこともあります。あなたも見かけるかもしれませんね。私はーー哀切は一度きり、だからこそ今が眩しく大切なのだとみなさんを見て思う訳です。こうして何でもかんでも埋めては戻される私の街では、こんな噂があります。この街自体が、どこかに埋められて戻されたのではないか、ってね。街にもほら、寿命が付き物ですから。

 どうです今生唯一の奇跡体験!今すぐご利用にならなくたって良い、奇跡に立ち会うという経験をしにおいでなさい。埋められるために来るだけじゃあ勿体無い!十六番ホーム、街が再び滅びる前に、お忘れなく。




■ほぐす街 

 手にとって、確認してごらんなさい。硬いでしょう。死んだ珊瑚だから当然だ。が、まあコツはある。こうやって触れてほぐせばこの通り!コンソメジュレよりも頼りないものになった。潤いを与えたわけでもなんでもなしに、なんだって緩くなるんですよ。私の街ではね、なんでもほぐすんです。ほぐす専門家が集まった街でしてね、お互いがお互いをほぐしたいと願い、ほぐされまいと守ってるものだから、お客さんはいつでも大歓迎なんです。住人たちはほぐすことに取り憑かれてるもんですから、ほぐさずには生きていられないんですよ。私もね、こんなおもちゃをごまんと携えてここに座ってるんだ、病気と呼んでくれたって構いません。

 例えば、あなたの身体のこり、随分お疲れですねええ見てわかる。それも一流のマッサージ師がほぐしてくれますし、理由もほぐしきった後で、あなたが同じ理由でまた凝り固まることはなくなるんです。すごいでしょう?触ってほぐすんだ、それくらいはできなくちゃ困る。できなければ私の街ではヤブですよ。魚の小骨をとって身を食べやすいようにほぐすのだって、丁寧に丁寧に全てを暴き切るまでやるような連中、それを住人と呼ぶんです。誇りを持って生きなくちゃね!

 悩みをほぐす人がいれば、謎をほぐす人もいる。論文を抱えた研究者、泣きはらした子供、路頭に迷った大人から事件を辿る警察官まで、実に様々な人々が訪れます。一から十までが綺麗にほぐされるから、みなさん雨上がりの空のようにスッキリした顔で街から出て行くんだーーそうして、また別の何かで固まってしまったものをほぐされに来る。ほぐされた感覚っていうのは独特でしてね、一度味わえば病みつきですよ。はっきり言います、中毒性があるんだ。実際世の中ってはっきりしないで、ずっと魚の小骨を喉に引っ掛けたままなんてザラでしょう。それでうまく回しているものだけれども、やっぱりお疲れなんじゃないですかね?

 旅は時に身を休めるもの。いいじゃないですか、ゆっくりされれば。私の街には温泉だってあるんです!いいでしょう、安らぎは十七番ホームです。迷わずおいでなさい。




■暖かい鱗の街

 ダムで沈んだ街、という表題がついてもおかしくない街でしょう?水の中に揺らいでいる街なんて、早々お目にはかかれまい。写真に写っているのは本物の風景、実際の私の街です。私の街は一年の半分はこうして水に浸かり、残りん半分は多くの街と同じように乾いた大地の上に平然とそびえているんですよ。面白いでしょう?カビも滑りもなく、シーツの軽やかさは水に浸かる前のまま。住人たちも平然と水の中で過ごします。水の中で、普段と変わらぬ姿のままでね。

 ご覧ください、この色とりどりの薄く、硬いかけらたちを。どこかで見覚えはありませんか?軽くて薄いこれらは全て鱗です。魚や蛇が持つあれと同じで、街に入ると皆この鱗が生えてくるんですよ。街から出れば鱗は取れますのでご安心を。エナメルよりも輝き、美しい色合いでしょう?一人一人が全く違う色や形の鱗を全身にまとって過ごすんです。ドレープのようなヒダで取り巻かれた人もいれば、朝焼けの湖面のような色合いで辺りを照らす人もいます。年に一度はファッションショーまで開かれるほどで、様々な芸術家たちが訪れては次の作品への種を仕入れていくと言っても納得いただけるでしょう。

 そう、鱗が全身を覆ったら、もう服などいりませんからね。天然の自分自身を纏い、ありのままの美しさを世に見せつけるんです!鱗に包まれているときはびっくりするほど暖かくて、今こうして身につけている外界の衣服がとてつもなく物足りなく感じること請け合いですよ。まるで隙間風がいつでも体の中に吹き込んでいるような感覚があってねえ。自分だけが、自分をぴったりと包めるのだと、つくづく思い知りますよ。

 空にはうろこ雲、建物の屋根は鱗屋根、土産は溢れた鱗のアクセサリー。鱗があれば、水の中で過ごすことはへいちゃらですし、何より裏手は一面の海だ。海!私たちがやってきた源、母親の胎内よりも確実にあなたを包んでくれますよ。鱗細工の看板が目印です、どうか生まれ直すような気持ちになってお越しください。十八番ホームに。




■動物たちの夢の街

 カナリヤが啼く時、それは自身の遺伝子に伝えられた遥か古代の思い出が蘇る時だと聞きます。私の祖父が見たものですから、少なくとも夢としては確かに存在していると言えそうですね。ええ、夢の話。私の街は夢の街なんですよ。静かで暖かく、ほんの少し湿っていて柔らかに風が吹いている。いつでも午後のおやつでお腹がいっぱいになった時のような気持ちにさせてくれる街で、あちこちで人が寝ている姿を見ることができますよ。平和で安全だからこそできる習慣です。私の街はね、どんなゆりかごよりも優秀だって断言できますよ。

 夢の街と言えば理想郷や、夢が叶えられるようなあらゆる可能性に満ちた大都会を思い浮かべる人が多いでしょう。そうした絵空事ではなく、私の街では堅実な絵空事が起きていると考えていただけたらいい。街のあちこちに、世界のどこかで誰かが夢見た夢が漏れ出る場所があります。こちらも目を瞑っていると、気づけばあなたもその夢を見ることができるという仕組みです。ちょっと趣向の違った映画のようなものでしょうか。でもね、どんなことよりも生々しい作り事が見られるだなんて滅多にないでしょう?ましてや、動物たちの夢が見られるだなんてあるはずもない。

 最初に、誰が夢を見ているのかを気づいた人はすごいでしょうね。学者の類だったのかもしれません。私の街で見れる夢の名残、それは皆動物たちがひっそりと見ていた夢なんです。春を待ちわびて冬眠するヒグマの夢、樹上で尻尾を揺らしたジャガー、広い海で歌を響かせるイルカ達、人間が知らない世界のなんと多いことか!赤ちゃんヤギは羊のような毛が自分にも生えてくるのだと夢を見て、夢の中で紙切れを一枚一枚破いています。どこかで自分はヤギでしかないとわかっているかのように物悲しい世界なんですよ、これが。

 自分とは全く違う世界を、こんなにも安全で楽しめる場所は他にないでしょう?これこそ御誂え向きの旅先だ、そうでしょう、そうでしょうとも!ああ、一点だけは気をつけて。動物たちの夢に獏はつきもの、うっかり間違えてあなたも食べられないように。良い眠りは十九番ホームから。今なら特製枕のプレゼント付きです!



■旅はここから

 お帰りなさい、どうです、魅力的な街ばかりでしょう!旅への期待が膨らむ一方に違いありません。彼らは紹介が本当に上手ですし、実際素晴らしい場所ばかりです。世界のなんと広く、なんと底知れぬことか!さ、どこへ参りましょう?チケットは各種取り揃えております。豪奢な一等車、我が家のように寛げる二等車、人々との喧噪や息遣いを身近に感じたいならば三等車がお勧めです。二等車までは専用の食堂車もご用意しておりますし、一等車は夜にコンサートが開催されます。

 ああ、まだ決めかねているのですね。どれも魅力的な場所ですから致し方ありません。いえ、大丈夫ですとも!一度ご自宅に戻られて、などという野暮なことは申し上げません。ここは中央駅、旅立つあなたのためにありとあらゆるものを揃えております。眠りをお約束する最良のベッドを設えた、温泉付きのホテル・エトワールに、全国から取り寄せた食材を使った世界を食べるための料理店街ホウセン、各地の特産品や土産物を取り揃えた雷音商店街に、これからの旅立ちに役立つ商品を揃えたホイッスラーアーケード、マッサージ店に理美容店、博物館に遊園地、動物園ではバナナを食べるワニがご覧いただけます。スリルを味わいたいのならば、最上階の空中ブランコはいかがでしょう。吹き抜けの下で、世界各地に向かっていく列車の出発を見送れますよ!

来週はサーカスが来場予定です。どうです、ここは中央駅。いつでもここから旅立てるんです。素敵な旅に出るために、まずはゆっくりお悩みください。