見たいもの全てを見たい
瞼を開けてものを見ず
昔々、ある国の王様には翼が必要でした。見渡すことのできないほどに広い大地を、その向こう側があるのかすらわからない静かな海を手中に収めてもなお王様には見えないものがあったので、どうか見せて欲しいと神様に祈ること百と一夜、敬虔な王様の想いに打たれた神様は一人の人を差し向けました。
「神はいかなるおつもりであろうか。見たまま以上の何者でもない、ただの人ではないか」
恐らく神様への伝え方を間違えたのでしょう。そう考えた王様は、毎日毎日祈りましたが、ちっとも神様の返事をもらうことはできませんでした。失意に塗れながらも王様は王様としての役割をこなし、神様が与えてくれた人の世話を焼きます。神様の国から来たと思われるこの人は、どうやっても言葉が通じず、またこちらの言葉を覚えられないようで、何かと不便であったためです。言葉が通じないこと以外は、見たことがないほどの穏やかで静かな笑顔を持つ、ただの人でした。
神様に見切りをつけると、王様はどこへ行くにもこの人を連れて回ることにしました。物事はなるようにしかならないからです。それに、誰かに告げ口をすることもなく、自分の言うことに否定も肯定もせず、何か思うことなくそばに居られるのはその人だけでした。王様はその人に、自分が一番好きな花の名前をつけて呼んで居ます。言葉が通じないその人も、何度も繰り返すうちに自分のことだと思うのか、呼べば反応するようになっていました。
「お前を見たままの存在だと、私は神を罵ったが、あれは間違いだったな」
十年は経ったでしょうか。豊穣を祝うお祭りの席で、王様は花の人に言いました。もう十年です。それなのに、王様は花の人の本当の名前すら知りませんし、きっと花の人も王様のことを知らないでしょう。王様は、今では神様に願っていたもののことなどすっかり忘れて、ただ花の人のことを知りたいと、自分のことを知って欲しいと願うばかりでした。
「ようやく、見えましたね」
「え?」
花の人が、初めて王様にわかる言葉で話してくれたのです。それもまるで天上の音楽のように美しい響きで!王様は震える面持ちで何を、と花の人に問いました。
「貴方は見えないものを見たいと望んだ、だから貴方が見えていなかった貴方と、人の心が見えるようにと彼の方は私を与えたのです」
おかげで自分も話せるのだ、と嬉しそうに話す花の人の表情は、これまで見た穏やかさを全て失っています。見えなかったものが見えることの意味を王様は気づいてしまいました。
「これからも仲良くしていきましょう、王様」
差し出された手を払うと、王様はぎょっとする相手を殺すよう、左右の人間に命じました。知りすぎた人間は危険です。それに、これは王様の求めるようなーー花では決してありませんでした。神様が授けてくださった人は、ばらばらにされて見る間に泥になりました。この中に心というものが入っているはずはないと王様は悲しく思います。王様は十年ほど抱いていた偽りの幸せがとても懐かしく、またとても憎らしくてたまりませんでした。泥の上に本当の花を植えて、王様は毎日眺めています。神様はやはり間違っていたのです。
王様には翼が必要でした。この世界の何もかもを、見たまま見ることだけが、必要だったのです。
〆.