恐れ多くもお尋ねします、あなた様の名はなんとおっしゃいましょう
この名は知れず
長兄。あらゆるオロニル族のアウラを従える、ひいてはこのアジムを率いる立場である。この地位を目指し、勝ち取ったことについて、マグナイに異存はない。なるべくしてなったものであり、挑む者がいればいつでもこの力を見せようという覇気がある。そのための鍛錬は日々欠かさないし、導く人々の様子を具に把握することに邁進している。自分が雄々しく、巌のように堅固で草原のごとく広い心と背中を見せてこその頂点であるとも自負していた。
だが、時折疲れを覚えてしまうことも確かで、長兄であるが故に誰にも真情を語ることができないというのが現状だった。頂点に立ってしまったので上はいない。すぐ下の補佐役にあたる兄弟たちは実質ライバルでもあるから勿論何も言うことはない。ただでさえナーマ探しで醜態を晒しているので、長兄であることへのなんとなく感じる疲労と虚無感を話すことなどできない。自分の代わりに頂点に立ちたい人間は山ほどいるのだ。本来ならばそばで支えてくれるナーマがいるはずだが、マグナイにはどういう手違いなのかいまだに見つからない。
「ああ、長兄!良かったらこれ、食べませんか。新しいレシピを試している最中なんです」
「良かろう」
せめて風にでも当たろうと玉座を降り、屋外に出たところで声をかけられる。珍しいことに、建物を出てすぐそばに居るにも関わらず、いつだって空気のように黙していた男ーーエスゲンである。自分よりは二十は優に年長である‘末弟’は、ライバルにもなり得ないためか不思議と話しやすかった。とは言え声かけするきっかけもない。話さぬままに時が流れるばかりであったので、これは好機だろう。
「冒険者さんが糖蜜をくれたので、子供達を中心に甘いものをと思いまして。焼き上げたので、数日はもつと思います」
「美味いな。甘さもしつこくなくて良い。持ち運びができるならば、狩の合間に食すのも良かろう」
渡されたのは焼きたての薄く硬い生地のもので、口に入れればバターと溶け合う柔らかな甘さが幸福を運んでくる。織り交ぜられたのはヤンサの大豆を炒ったものだろう。手が込んでいる、と正直に褒めれば、頼りなげな表情が一挙に輝き、マグナイはあっと胸の内で小さく声をあげた。なんと美しい笑みだろう!力ではなく、自分の別の力で誰かに影響を及ぼせる、その事実にマグナイは胸の内が暖かくなった。ここで言う美しさは見目の美醜ではなく、精神的なものである。何れにせよ、腐っていたマグナイの心を溶かすには十分であった。
「子供達を中心に、と言ったが……余輩の分もあるのだろうな?エスゲン」
「長兄が望むとあらば、勿論です」
「多めにな」
「はい」
我ながら子供のような強請り方とは思う。甘えだ、それもはっきりと伝えることのない、気付いて欲しいと願う類のものだ。エスゲンならばわかってくれるような気がしたし、当のエスゲンは心得たように微笑んでくれた。もっと話したい、と思う。力でもなく、威勢でもなく、恥ずかしげもない真っ新な話をしたい。スーテーツァイを所望すると、マグナイはかつてない戸惑いと戦いの始まりを感じ、ぶるりと震えた。
〆.