歌う石
石が歌っている。ぱちりと目を覚ますと、ノートン・キャンベルはむくりとベッドから起き上がった。石のキラキラとした声が耳にこだまして止まない。おいでよと誘う声は水晶か。眠気は漂うものの、抗いきれない誘惑に負け、ノートンはゆっくりと服を着替えた。ヘルメットにろうそくを装着すれば探鉱者の出来上がりである。時刻は真夜中の二時。お日様が挨拶するにはまだ間があった。もう今日と呼んでもいい、とノートンは予定を振り返った。今日はゲームが一試合組まれている。早く帰るに越したことはないだろう。
屋敷の地下深くに通じる道を見つけたのはほんの三日前のことだ。声はあちらから響いている。深い深い坑道のどこかに息づく鉱脈があることはわかっていたが、本格的に検分するのは今しばらく先だとノートンは考えていた。探鉱にはそれなりの準備というものがある。だが今はこの声を辿りたい。美しい生き物たち、遥か昔の時を凝縮した石がノートンは何より好きだった。鉱山労働者になったのは石の声に耳を傾けたかったからで、それに重なる労働者間でたなびかせる歌も好きだった。後者はもう二度と聞こえない。みんな、自分を置いて去って行ってしまった。
笑えないことに、人々が去って益々ノートンの耳は研ぎ澄まされた。石を辿って行けば間違いなく鉱脈を見つけ出せる。荘園に来たのも、きっかけは今やはっきりと聞き取れるこの石の歌だった。ゲームの勝ち負けで手に入る賞金も魅力的だが、一番のお目当はこの根源だ。もし、自分が勝ち抜いたならばこの鉱脈を譲ってもらいたい。家に連れ帰って共に暮らしてみたら、どんなに賑やかだろう。
少し湿った坑道の向こうからは水音がし、ノートンはいつぞや見た水を閉じ込めた石のことを思い出した。水晶の中にきらめく水は神代の昔の頃のままらしい。開けてしまうのがもったいなくて、結局オークションにかけて人に譲り渡してしまった。ろうそくの炎を確認して、右へ右へ。酸素があることは何より大事だ。ざらりとした壁の感触がなんとも言えない。この坑道はなんのために掘られたのだろう?どこまで続くのか、地の果てまでもと言われても信じられそうだった。石の声はどんどんと大きくなる。
「誰だ」
と、突然声が鳴り止むと同時に生き物の声が降ってきてノートンは足を止めた。荘園の仲間たちの声と照らし合わせても聞いたことのない声である。頭を巡らせて坑道の竪穴を見上げると、空気取りの場所にきらきらと光るものが張り付いていたーー生きている石だ。
「綺麗だ……」
「質問をしてるんだがな、お前さん人の言うことは聞くもんだぜ」
「え、ああ」
ぬらりとした動きで壁を這い回る石は、どうやら蜥蜴人間とでも呼ぶべきものらしかった。きらきらと光るのは全身を覆う美しい鉱石で、なるほど生きていたからこそこんなにも綺麗な声を響かせていたのだとノートンを納得させるに十分だった。目の前に立った蜥蜴人間は偉丈夫のノートンと並んでも更に体格が良い。思わず手を伸ばすと、びくりと蜥蜴人間が震えて後ずさった。
「俺はノートン。ノートン・キャンベル。あなたは?」
「……サバイバーか。夜の外出禁止時間だってのにこんなところに来るなんて、さては脱走者かだな。悪い事は言わない、さっさと帰れ」
「質問しているのは俺の方なんだけど」
「む」
先ほど蜥蜴人間に返された台詞をそのまま使うと、むうと蜥蜴人間の唇が曲がった。サバイバーという単語を発したことから察するにおそらく新しいハンターなのだろうが、不思議と恐ろしさはなく、むしろ親しみが感じられる。もう一度手を伸ばして迷いなく結晶に触れると、ノートンはその冷たさを楽しんだ。
「……ルキノだ。ベタベタ触るな!俺はハンターなんだぞ。馴れ合うつもりはない」
「綺麗な歌声に誘われたから来たのにつれないな」
「はあ?」
「あなたの体にある石がね、俺においでよって言ってくれたんだ。ルキノさんは本当に綺麗だ」
「物見高いやつ」
けらけらと笑うと、ルキノはさっさと帰れともう一度元来た道を指差した。人間じみた仕草が微笑ましい。あるいは元々人間ということもありうる。名残惜しさに撫で続けていると、低く唸ったルキノがパキリと腕に生えていた結晶を折った。あまりのことに息を飲むと、ずいとかけらが差し出される。どうやら土産にくれるらしい。
「こんなことをするのは今回だけだ。ここのことは忘れて帰った帰った」
「ありがとう、大事にするよ」
高鳴る胸に困惑しながら、ノートンは仕方なしに帰路に着いた。振り返ればしっしと手で追いやられる。なんて魅力的だろう。生きた石、歌う石、その美しさと言ったら!どれほど金を積まれてもノートンは譲渡したくないだろう。ゲームに勝つ楽しみができた、ともらったかけらをろうそくの炎に透かしてノートンはにっこりと会心の笑みを浮かべた。欲しいものができた。れろ、とかけらの端を舐めてその艶やかさを楽しむ。全て味わったならばどんな心地だろう!
誘いかけたのはあちらだ。探鉱者たる者、見つけた鉱脈は丁寧に取り出さねばなるまい。
「楽しみだなあ」
どんなゲームにしようか。再びルキノに出会う日を思い浮かべて、ノートンはがりりとかけらを齧った。
〆.