謎解きはあなたと
「お届け物です。ナワーブ・サベダーさん、あなたにですよ」
「やあ」
寝ぼけ眼を擦りながら、Mr.リーズニングことナワーブ・サベダーは郵便配達人のビクター・グランツの往訪を受けた。昨晩遅くまで事件の解決に奔走したため、すっかり時間感覚が狂ってしまっている。普段であれば同居人にして幼馴染のエマ・ウッズが対応してくれるのだが、彼女は今朝早くから用事があるのだと出かけてしまっていた。
パジャマの上にガウンを羽織っただけの姿にビクターは少しも動じずに、油紙に包まれた箱をこちらに渡してきた。チラリと見る限り、差出人の名前はない。危険物の類だったらばどうしようかという不安が過ぎるも、ナワーブは大人しく受け取ることを選んだ。
「ありがとう」
「良い日を、サベダーさん」
まるで中身が何か知っているかのように、ビクターの温かな目が小包に注がれる。ひょっとすると、彼が直接頼まれたものかも知れない。
結局、ナワーブはそれ以上何も情報を得ることなくやり取りを終え、小包を引き取った。今日は何もない日だ――空っぽの、ただのナワーブ・サベダーの日。たまには気まぐれで一日を潰すのも一興というものだろう。
さて、まずは外観からだ。粗末な麻縄で縛られた油紙は、中央駅前のフィッシュ・アンド・チップスの店で使われているものとそっくりである。というよりも、まだ残る油の匂いは紛れもなくそれだと訴えかけていた。ならば中身は熱々のフィッシュ・アンド・チップスなのか?答えはノーである。小包は死んだ魚よりもずっと冷たい。そして静かだ。
匂いや音などから危険性はないと判断して包みを解くと、表れ出たのは歪な箱で、クリスマス・シーズンに散々お目にかかったサンタクロースが包装紙の上を飛び交っている。完全に予想外の姿に、ナワーブはしばし打ちのめされた。
クリスマス?クリスマスは終わったはずだ、とナワーブは頭の中のカレンダーを捲った。知人のノートン・キャンベルが招いてくれたパーティに出かけたことは記憶に新しい。がめついあの男が主催であるため、もちろんただのパーティには止まらなかったが、悪い気分ではなかった。何しろ特別なご馳走はたまらなく美味しかった――ノートンはケチではない――し、既に大人になった自分にも縁があるのだと、相棒のエマが喜ぶ姿は不覚にもほろりとさせるものがあった。
そしてそのクリスマスパーティで、ナワーブはファンだと名乗る人々からプレゼントの山を押し付けられたのである。悔ししいことに、スリッパ、ガウン、本当は面倒だがアイコンとして便利なパイプ煙草、レインコートと、どれも必要なものばかりだったので忘れようもない。ちなみに、何も用意がなかったナワーブからは、当座凌ぎにささやかな推理を贈った。依頼なしでの推理は、よほど仲が良くなければやらないため、十分な賑やかしにはなっただろう。
そんなクリスマスはもう終わった。冷静に推理するならば、要するにこれはシーズン遅れのセール品か、あるいはクリスマスに自分に贈りそびれたものだろう。まさか。クリスマスが終わってから、かれこれ一ヶ月半は過ぎている。いくら何でも取っておき過ぎというものだ。メッセージカードの類はなし。次に進むとしよう。サンタクロースにご退場願うと、ボール紙の箱(中程度の店でよく使われる、ありふれたものだ)にも撤退してもらう。クッション材代わりは、クリスマス前の日付の第五新聞で、ナワーブは先ほど捨てた推理を生かすことにした。この世にはとんでもない常識はずれの贈り主が存在するらしい。
そうして現れたのは、頑丈そうな男性用グローブだった。メッセージはなく、怪しい点もない。サイズはあつらえたかの様にナワーブの手にピッタリで、しっくりと馴染む。丁度普段使っているものを交換しようか迷っていた頃でもあった。
「ふむ」
名残惜しげにグローブを脱ぐと、丹念に調べ上げる。ウール製で、深い紺色は見覚えがある。甲の部分に革があしらわれているのも良い。装飾というよりは実用に耐えられるよう、過酷な状況も想定したような頑丈さを備えた代物だった。
それだけわかれば十分である。グローブを丁寧に机の上に置くと、ナワーブは顔を洗うべく、意気揚々と洗面所へと向かった。探偵の登場はいつだって華麗であらねばならぬのだ。
ナワーブが足を踏み入れた中央駅は、夕方に差し掛かろうかという頃でも忙しい空気に包まれていた。田舎の駅であれば、ようやくひと段落したと、一息入れる頃だろう。依頼を受けて地方に出かけた折、熱々のマフィンとお手製のブルーベリーティーに迎えられたことを未だに思い出す。あのバター蕩けるマフィンは最高の逸品だった。
「クリスマスはもう終わったと思っていたんだけどな」
駅舎の様子を一瞥すると、色とりどりの包装がされた配達品が、忙しなくポーター達の間を行き交っている様が目に入った。次に目をつけるべきは花屋で、どうやら飛ぶように売れているらしい。
自分が知らない内に世間ではまた新たな催し物が始まっているのだろうか。エマがいれば恐らく教えてくれただろうと考えて、ナワーブはようやく彼女が今朝から慌ただしく出かけた理由に思いあたったのだった。滑るようにして中央に位置するパブへと移動すると、馴染みのバーテンダーが片手を挙げて見せる。一見、ただの気丈な女性のようだが、彼女こそは中央駅の元締めのデミ・バーボンである。こと中央駅に関して、彼女ほど良く知る人間はいるまい。
カウンターに近寄り、挨拶がわりに黒ビールを注文すると、ナワーブはカウンターの端に陣取った。
「忙しそうだな、デミ」
「お生憎様、いつだってだよ。繁盛してくれなくちゃ困るじゃないか」
さっさと要件を言えという意味だ。黒ビールと一緒にサラミを出してきたので、機嫌自体は悪くはない。彼女の良いところは分かりやすさだ、とナワーブはポケットから届いたグラブを取り出してカウンターに載せた。
「正規品かな?」
ちらりと目を走らせると、デミは酢を飲んだようなしかめ面を見せた。
「正規品だよ。裏のキオスクで買ったんじゃなければね。ああ、キオスクと言えば、丁度北からの列車が帰ってきたところだから、今頃混んでるだろうよ」
そして、デミの良さはその頭の回転の速さでもある。自分の想像を全て網羅した動きに舌を巻くと、ナワーブは一息にビールを飲み干して代金をカウンターに置いた。チップはいつもより多めに。せめてもの意趣返しだが、通じたとは到底思われない。
「……あんたが探偵じゃなくて助かったよ」
「それはどうも」
またおいでよ、とも言わずに次の客へとデミの関心は移る。彼女は優れた店主なのだ。
大陸鉄道、という言葉の通り、この中央駅から大陸の果てまで到達する鉄道の長さは想像を絶するものとなる。客は途中で降りることができても、基本的に乗務員は一貫して同じで、乗ったら最後戻るまで数ヶ月は列車に揺られることになる。過酷な環境下で働くだけあり、給料は上々だが、どちらかと言えば独り者向きの仕事と言えた。数ヶ月ぶりに帰国した列車の傍へゆくと、まるで異国が遊びにきたかのような錯覚を抱く。ナワーブは落としきれぬ万年雪を乗せた列車に目を細めると、軽口を言い合いながら別れを告げる乗務員達の元へと走った。
口笛が、一つ鳴る。まるで愛しい飼い犬に呼びかけるようなそれをナワーブはよく知っていた。たった一つ、自分の心を躍らせるには十分な音が何よりも好きだった。
「クリーチャー!」
折れそうなほどに細い男に飛びつくと、ナワーブはぎゅうと抱き締めた。異国の香りがする――相手が自分の知らぬ世界でずっと過ごしていた事実は、今更のようにして胸を突き刺す。対する鉄道の信号係ことクリーチャー・ピアソンはと言えば、そんなナワーブに呆れるでもなしにぎこちなく抱きしめ返すばかりだった。
「プレゼント、ありがとう」
「よくわかったな」
ようやく捻り出した答えを出すと、相手の薄い頬が綻ぶ。寒さからか、ところどころ真っ赤に染まった顔が愛しくて、ナワーブは彼に毛糸の帽子を贈ってやりたくなった。否、制帽があるからいらないと言うだろうから、マフラーの方がいいかも知れない。ことクリーチャーに関する限り、ナワーブの思考力は途端にガタ落ちしてしまう。
「わかるさ、あんたがくれたんだもの」
グローブを取り出し、嵌めて見せると、クリーチャーはサイズが丁度良くて良かったと素っ気ないセリフを吐いた。彼なりの照れ隠しである。そんなクリーチャーの手には、ナワーブと揃いの擦り切れたグローブが嵌められていた。これは大陸鉄道の北部担当者のみが利用する、厳しい寒さにも耐えられる特別製の手袋だったのである。こんなにも自分に丁度いいサイズを知り、かつ特別なものを贈る人間をナワーブは他に知らない。デミへの確認は念の為のもので、彼女は全てを見越していた。全く頭が上がらない。
「……本当は、鉄道が出る前に出すつもりだったんだ。手紙も添えて」
ぽつりぽつりと溢すクリーチャーの言い分によれば、事情は次のようなことであったらしい。クリスマス直前に手袋を手に入れたはいいものの、悪筆に格闘しているうちに急遽鉄道に放り込まれてしまった。途中で出せば良いかと気を取り直したものの、うまく贈る場所を見つけられず、結局彼自身とほぼ同時にこちらに届くハメになったらしい。
「でも、間に合って良かったな」
「え」
何にだろう。そうだ、自分は何か――街が騒がしいと思ったではないか。今は何か行事があるはずなのだ。
「わ、私の柄じゃないかも知れないが」
「ううん、すっごく嬉しい」
言い募りながらもナワーブの頭はフル回転していた。どこかにヒントはあるはずだ。まずは再会を祝って酒を奢ろう。豪華なディナーと洒落込めば、当座はしのげる。なんとか途中で材料を得ないことには始まらない。クリーチャーに会うことにばかり夢中になって、結局最大の謎は解けていないままではないか!彼を前にするとダメになる自分が、これほどまでに情けないことはなかった。
「寒いから、まずは飲みに行こうか。奢るよ」
「言ったな」
ずっと飲んでいなかったんだ、と言う相手の無邪気さに胸を撫で下ろす。クリーチャーはナワーブが今、どれほど心臓に汗をかいているかを知らない。パブの主人は恐らくこんな事態も予想済みだろう。いささか憂鬱になりながらも、ナワーブはもっと自分は世間の行事を知るべきだと苦笑した。以前の自分ならば、関係ないと鼻で笑った何もかもが今の自分――クリーチャーの『恋人』と言う肩書きを得た自分には必要なのだ。
今日は何の日?ナワーブがその答えを得るのは、ビールで酔い潰れた恋人に花束を差し出した後である。
〆.