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この地平のようにどこまでも長く続かんことを


明日も来年も


 年が変わる。季節が巡ることは知っていても、一年というその年が切り変わることに対し、マウシはこれまでさしたる感慨はなかった。もうすぐこの寒さが終わって、寂しい砂漠にもぽつりぽつりと草が芽吹く頃が近づくんだな、という気持ちでしかない。しかし、所変われば意味も変わるというもので、すぐお隣のオロニル族では年越しの宴を開くのだという。夜通しうるさい日々があるように記憶していたが、そのような意味を持つとはついぞ知らなかった。

 一方、教えてくれたエスゲンの方も、意味を持たない人々がいることを初めて知ったらしい。目を丸くした後で、新しい年の団欒を願って丸いものをたくさん食べるんだよ、と見たことも聞いたこともない食べ物や特別な着物の話などを続けてくれた。常にない生き生きとした所作で説明をするエスゲンは実に楽しそうである。マウシは見たことのない宴の日々を思ってワクワクとした心地が押し寄せてくるのを感じていた。

「それって、エスゲンさんが作るの?」
「うん。流石に姉兄達に手伝ってもらうけれど、献立から全部わたしが仕切っているんだ。この準備だけは、長兄だって私の頼みを聞いてくれるんだよ」

あの偉そうな長兄マグナイがエスゲンの指図を受けるというのは微笑ましい。遠目にでしか見たことはないが、サドゥと同等に渡り合えるのだから推して知るべしだ。それほどまでに重要な儀式ということなのだろう。今年はこれこれを作ろうと思って仕込んである、とひとしきり話した後、エスゲンははたと何事か考え始めた。

「そういうわけだから、君とは暫く会えそうにないんだ。けれども、このままというのも寂しいし、今年は君にたくさんお世話になったからね……ねえ、マウシ君。明日は時間があるかな?」
「明日?もちろん、大丈夫だよ」

自分に暫く会えないことを寂しいと思うエスゲンが愛しい。きゅっと胸を摘まれたような心地になって、マウシは勢いよく頷いた。離れてしまうことは寂しいが、お互い敵対する部族の人間であるため納得の上での関係である。

「良かった!あの、その、渡したいものがあるから、楽しみにしていてね」
「わかったよ。なんだろう、今からすごく楽しみだな。あなたに明日も会えるだけでも嬉しいけれど」
「こ、こら、おじさんをからかうんじゃないよ。ともかく明日!また明日、ね」
「はあい」

ほんの少し真情を吐露しただけで照れるエスゲンは本当に世間ずれしておらず、その年までどうやって生きていれば純情でいられるのかとマウシですら呆れるほどだ。否、呆れるだけではない。自分が一枚一枚表情を剥ぎ取って身に迫っていく楽しみが残されていることに心の底から感謝している。また明日、と手を振る。手を振ったら、サドゥがそうするように星という星が落ちて夜を打ち破って明日になって欲しかった。エスゲンのいない夜は寂しい。自分を奮い立たせるように口笛を吹くと、マウシは寝床へと帰った。




「はい、どうぞ」
「良い匂い!これってもしかして、昨日話していたご馳走?」
「正解。と、言っても日持ちするものだけだけどね。少しずつ食べて、食べ終わる頃にまた会おう。私に感想を教えるのを忘れないで」

知らない人に何かを教えるというのは、草原に道をつけるような楽しみがある。箱に詰めた年越しのご馳走をマウシに渡すと、エスゲンは込み上げる笑みを抑えきれずにいた。少しずつ食べるように指導するのは、食べ盛りのマウシには酷だろう。だが、エスゲンにはエスゲンなりの戦略というものがある。なにせ暫くは会えないーー大切な相手だというのに、この大事な年越しの一時を共に過ごせないーーのだから、エスゲンはここで確りと自分の存在を残しておく必要があった。

 毎日このご馳走を食べるたび、きっとマウシはエスゲンを思うだろう。年を越す時に共に越せなかった寂しさを強く感じ、早く感想を伝えたいとはやる思いを抱えるだろう。どうか、どうか、そうして今年も来年も自分に焦がれて欲しい。そんな想いを持つ自分はどうしようもなく煩悩にまみれているのだけど、エスゲンに迷いはなかった。

「また来年もよろしくね、マウシ君」
「エスゲンさん」
「うん?」
「俺、エスゲンさんに会えて、最高の一年だったよ。だから、来年もきっと最高だと思うし、エスゲンさんにも思ってもらえるように、来年はもっと頑張るからね」
「君は……」

来年もよろしくね、というマウシの顔を直視できない。小手先の技術を駆使してどうにかしようとした自分はなんと愚かだったのだろう!エスゲンの築いた罠を、マウシはやすやすと越えていく。だが、やられてばかりではいられない。エスゲンのセリフの続きを待つマウシに微笑み返すと、エスゲンは自分の唇の前に指を立てて見せた。

「この続きは、また来年にね」
「ええっ」

俄かに慌てるマウシを素直に可愛いと思う。来年もきっと、自分は彼に心を乱されるだろう。さらなる新しい気持ちを見て、世界はどんと開けるだろう。なんと眩しい将来だろうか。眇めた目の先に待つ新年を待って、エスゲンはマウシに手を振った。どうか、互いにとってかけがえのない良い年を迎えますように。


〆.