こいつぁちょうどいい。
鴨に酒
世に『鴨が葱を背負ってくる』などという言い回しがある。鍋の具材が、これまたおあつらえ向きの薬味を携えてほいほいとお膳立てをしてやってくるうまい話で、いかにも胡散臭い。だが現実とは奇妙なもので、どうやら自分の人生にはそんな千載一遇の好機が訪れることを福沢諭吉は初めて知った。それも、酒好きの自分に相応しく鴨は酒の香りがするらしい。
「差し支えなければ、事情をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「酒を被った」
あっけらかんと答えるのは名さえも謎の隠し刀、諭吉の情人にしてこの長屋の主人である。主人よりも先に諭吉が我が物顔でいるのは、まま生じる出来事なので不問にしていただきたい。ちょいと時間ができたらば歩いて行ける距離に彼の住まいがあり、自分も仕事の使いが終わって手隙だったのだ。互いに多忙の身であればこそ、会えるうちに会っておくが花とも思う。
「冗談が下手なあなたのことです、事実起きたことなのでしょうね」
一旦こちらが受け止めると、隠し刀は嬉しそうに頷いた。なんでも、彼は道端で昼日中から飲んでいる酔っぱらい連中に絡まれたそうである。
「酒を持ってきて欲しいと頼まれてな。急いでいたから鉤縄でこう、引っ張って投げてやったんだ。大層喜ばれて、向こうが礼金と一緒に私にも酒を浴びせてくれた。粋らしいぞ」
「酔っ払いの戯言ですよ。粋どころか、ただ酒臭いだけです」
「違いない」
ぷんぷんと酒気を撒き散らす男は、まだ濡れた頬を乱雑に拭って苦笑した。彼が動くたびに酒の香りが漂う。まるで彼そのものが酒になってしまったかのような錯覚に、諭吉は思わずごくりと喉を鳴らした。酒は大好物だ――そして、隠し刀も。言うなれば、これは鴨葱と言えるのではないだろうか?踵を返そうとした男を逃さぬように、諭吉はその腕をしっかりと捕まえた。
「どこへ行かれるんです?戻ったばかりではありませんか」
「井戸端で水を浴びて、湯屋に行こうと思う。このままでは汚い、っ」
「そうですね」
身を寄せて頬をぺろりと舐めると、大の男がか細い悲鳴をあげるのだから面白くて仕方がない。昼から泥酔連中が飲むものだ、どうせ安酒だろうと思えば存外味が良い。どの辺りで出くわしたのか、良い酒屋があるならば是非とも知りたい。高速で脳内を走り回る欲望をなんとか宥め、諭吉は強張る男の耳元で囁いてやった。
「だから僕に食べさせてください」
「……まだ日が高い」
「お酒の味がするあなたは今くらいなものでしょう」
隠し刀が低く唸る。多少わだかまりが解けたとはいえ、いまだに彼は妙なところで線引きをしようとする。一度身についたものはなかなか拭えないのだろう。さて今回は逃げられるか、と待ち構えていると、男はやんわりとした仕草で諭吉を離した。やりすぎた、そう言う話である。落ち込むことなく諭吉はただ残念に思った。言葉をくれないあたりを恨むのはお門違いだ。
別離を果たした隠し刀は、何やら土間に置いていた木札のようなものを引きずっている。ひょっとすると洗濯板だったのやもしれない。着物も相当に酒が染み込んでいたから、ちょっとやそっとでは匂いが抜けまい。いっそついて行こうか。草鞋を履くべく上り框に腰掛けると、どう言うわけだか頭上に影がさした。
「どこへ行く?」
「え?井戸端でしょう」
それはこちらの台詞だったはずだ。顔を上げると、爛々と輝く男の目とかち合って言葉は消えた。酒の匂いが強くなる。部屋の温度が一気に上がったような気がした。
「私を食べてくれ、諭吉」
みんな閉め出してしまったから。ご丁寧に心張り棒までした戸口を指で示され、諭吉はパチリパチリと瞬きで返した。そうして彼の言わんとする意味を正しく理解する。無論雨戸も閉めねばなるまい。昼の光が奪われてしまうのは勿体無いが、こんな美味しいご馳走を他の誰かと分け合うつもりはさらさらなかった。
猫にまたたびとはこのことか。酔うほどに酒を浴びてしまった隠し刀は、まだ何もしていないと言うのに上機嫌の情人が愛しくてならなかった。先程まで、自分はつくづく運に見放されていると思っていたのが嘘のように胸がすいている。まず、帰宅したら諭吉がちんまりと座って待っていたというのが良い。本来江戸に居を置き、出向という形で横浜に仮住まいしているだけの諭吉に会うには約束が欠かせない。約束なしでふらりと会えるだなんて、非日常の自分が彼の日常として成り立っている証のようなものだ。敢えて言葉にすれば、きっと情人は隠し刀の思考を捻くれているとむすくれるだろう。だが、真実とは往々として刹那的なものだ。
故郷を飛び出して以降、人の情けでどうにか食い繋いできた習い性からか、人が求める声に反射的に応じてしまう。情けは人の為ならずである。もちろん、自分の手が無限に衆生を救うなどとは思い上がってはいない。ただ、自分にできる範囲であれば何なりとしてやりたかった。だから今日も、盗人を追いかける片手間に酒を投げるという離れ技を成し遂げたのである。乱暴なやり口だったので怒鳴られたら困る、とやった後から後悔するも、相手は両手を挙げて喜んで安堵した。景気付けに酒を浴びせられたことは解せないが、酒瓶が当たった盗人も捕まえることができたので一石二鳥と言える。万事丸く収まればそれで良い。
礼金で湯屋に行こうと思うも、酒の匂いを撒き散らしながら歩く自分に道ゆく人々が眉をひそめる姿を見て取りやめにした。一度自分で水洗いでもせねば、湯屋でも煙たがられるだろう。行きつけの場所が自分に相当寛大な計らいをしてくれるのは、ひとえにこちらが弁えているからに他ならない。諭吉とのあれそれでは大変お世話になったし、今後も是非ともお世話になるつもりであったので、行水するべく家に帰った、とまあここまでが隠し刀にとって当たり前の日常だった。
ところが天は自分を見離さず、善行に対する追加の褒美まで与えるつもりであるらしい。まず、諭吉が長屋で出迎えてくれる。さらにはこんな昼日中から大胆なお誘いまでしてくれるとなれば、隠し刀に拒否の二文字はあろうはずもない。一度は(といっても、極めて控えめに)相手の理性に訴えかけるも、隠し刀の決意はとうに決まっていた。相手の覚悟を確かめて、男は兼ねてからの準備を素早く始めた。
己が招いたことなのだが、この長屋は何かと訪問客が多い。客を通り越して半ば住人と化している。人のいない家は、ただの箱だ。どれ程独り身に慣れてはいても、誰かがいる空間への憧れが消えたわけではない。生来の無頓着さに加えた、僅かながらの寂しさが、多くの縁を結んだ人々の出入りを許していた。賑やかで大変結構なのだが、こと情人との逢瀬に使うにはこれほど不向きな場所はない。自分の家であるにも関わらず、だ!
そこで知恵者のマーカス・サミュエルに相談した結果、彼が授けてくれたのは誰にでもわかりやすい仕組みだった。
「要するに、君は一人で部屋を使いたい時がある。プライバシーを尊重してほしいと、周囲の人間にわかってもらえれば良いんだろう?」
「ぷら……そうだ」
「なら、簡単だ。君がこの看板を外に出した時には、入ってはいけないと全員に伝えておけばいい」
心配であれば、加えて中から鍵をかければ良いと、海を渡ってきた青年は軽々と解決してみせた。『危険!薬物実験中につき立ち入り禁止』。訪問者は軒並み隠し刀の生業を理解しているので、十分意味は通じるだろう。決めたらば隠し刀の行動は早く、順々に仲間内に教え説き、ある時には敢えて本来の事情を仄めかすなどしてどうにか概ね浸透させることができたようである。大家と隣近所には素直に仔細を伝えると、たまには静かな方が良いとかえって好評であった。ひょっとすると、夜中までうるさいなどと不満があったのかもしれない。
諭吉の訪問はまさに地道な成果が実った頃合いだった。実験として数回試した後のため、お札の効力は絶対である。とはいえ実は諭吉にだけは、このちゃちな絡繰について秘密にしていた。偶然だけでなく、もしかしたら誰か来るやもしれぬという危うさを楽しむ、彼の悪戯っけを満足させられるかもしれないという企みだった。安全な火遊びは良いものだと、どこぞの遊び人が語るのを耳にして、はたと思いついた次第である。
全部お膳立てした状態で、諭吉が自ら趣向を凝らそうとしてきたのだ、これを僥倖と呼ばずしてなんとしよう。隠し刀は有り難く拝領することに決めたのだ。雨戸を閉める情人のそわそわした様子をよそに、先だって誰ぞが謝礼に寄越した酒壺をどんと板間に置く。寝具をどうしようか散々迷って、結局いらぬ着物の類を何枚も床に敷いて代わりとすることにした。酒と寝ることはできても、永劫起居を共にするつもりはない。
「何か面白いことを企んでいますね」
着物で作った浜辺で待っている自分を認めて、諭吉の口角が上がる。油断なく酒壺にも目をやったのは心底酒好きの彼ならではだ。猫にまたたび、諭吉に酒。まさかこんな、人間に降りかかったものまで興味があるとはついぞ思わなかった。天井の明かり取りくらいしかない薄明るさの中でも、彼の目が欲望にきらきらと輝いていることは十分見て取れる。
「後で一緒に水遊びでもしよう」
「ほう」
先に服を脱いでほしい、と頼むと諭吉は意外そうに眉を上げた。お互い服を脱がせ合うことも過程として楽しんでいたので無理もない。しかし今日の趣向によって、彼の綺麗な衣装を駄目にするのは忍びなかった。隠し刀が酒壺の封を剥がす作業に取り掛かると、諭吉は嬲る目的ではないとすんなり納得したらしく、するすると服を脱ぎ始めた。
存外恥じらわないものだな、とわざと作業に手間取っている風を装って盗み見る。脱がすのは好きだが、相手が普段どのように振舞うかを見る機会はなかなかない。まず諭吉は肩を揺らせて、和洋折衷の羽織を脱ぐ。西洋の上着を取り入れたんです、といういつぞやの説明通り、ただの羽織よりもよほど脱ぎ着がしやすいようだ。腰の小道具は殊更丁寧に取り外された。諭吉は手先が器用で、こうした小道具の類などは自ら作っている。楓があしらわれたそれは衣装の中でもとびきり目を引く鮮やかなもので、こだわったものなのだろう。
帯や袴はさっさと落ちて消えた。半襟もきものもない彼のこと、こうなると一挙に下半身が心もとなくなる。既に下着と足袋だけの下半身に対し、上半身はやたらと着込んでいるというのはちぐはぐで、ついで危うい魅力を孕んでいた。第一、不自由だろうに手袋をつけたままなのである。
流石に手間取るにも限界があり、隠し刀は酒壺の蓋を開け、ふわりと広がる甘さを胸いっぱい吸い込んだ。琥珀色の液体に、そうだ、中華街の店主が礼にくれたものだと思い出す。なるほどこれは異国の酒に違いない。酒を観察している間に、諭吉はもうシャツ一枚になってしまっていた。全部見たいと思っていただけに口惜しい。
「見たいんですか?」
「見たい」
思ったことが口に出てしまっていたのか、諭吉がふふ、と笑う。全く彼には敵わない。少し耳が赤いようだが、気のせいかどうか。シャツのボタンが外されてゆく。ひとつひとつ、もどかしいほどにゆっくりと解放されると、徐々に見える素肌に喉が鳴る。ここにきてようやっと袖のボタンが開かれて手袋が外される。さあシャツも、と半ば前のめりになった隠し刀をせせら笑うかのように、諭吉は今度は足袋を脱いだ。弄ばれている。
「助平ですね」
「諭吉相手だからなあ」
潔く白旗を上げると、褒美にシャツが肩を落ち、どういうわけだか下着もさっさと脱がれてかえって戸惑ってしまった。前のめりになった己を恥じるように姿勢を正すと、諭吉は迷うことなく膝を詰めて座った。当たり前だが、全く目が離せない。他の人間の、それこそ坂本龍馬(川遊びをした)だの桂小五郎(泥酔後の介抱をした)だの、男性の裸は十分見慣れている。けれども何故だか諭吉のそれは、神々しさすらあった。
「あなたは、手慣れているのに妙なところが初心ですよね」
「お前だからだ」
他は平気だ、と言わないのは我ながら合格点だろう。少しばかり調子を戻した諭吉の目が問いかけるに従い、隠し刀は酒壺を引き寄せた。
「これは清国の酒で、それなりに上等らしい。どうせ飲むなら、たくさん飲めた方が良いだろう?」
「ひゃっ」
酒壺に手を入れて、素早く中身を諭吉に浴びせる。油断していた裸にかかったそれを、隠し刀はべろりと舐め上げた。
「私も飲みたいんだ」
「良いでしょう。お付き合いしますよ」
遊びの趣向は決まった。
浴びるように飲んでいる。否、文字通り浴びているのだ。鯨飲馬食と言われる手合いの諭吉でも、こんな饗宴は初めてのことである。そう、またしても隠し刀との初めてだ!酒の滴る彼を食べてみたいと強請ったのは自分だが、上塗りを試みたのは相手である。どちらが淫蕩か定かではない。恐らく互いに酔っているのだろう。
舐めて、吸って、足りなくったらば浴びせて飲んで、皮膚からも取り込んだ酒気で頭がくらくらした。通和散さえも酒の味がする。紹興酒なる清国の酒は香りの甘さから甘ったるいかと思いきや、苦みとコクが深く胸の奥まで届く上質なものだった。そもそも良品なのだろう。出所を確かめて、後で自分でも買ってみたい。
「酔っているな」
「吐くほどじゃありませんよ」
いつぞやの失態が頭をよぎって苦笑する。勝海舟と深酒をした挙句に酔い潰れ、あろうことか隠し刀の懐に盛大に吐いてしまったのは、今思い返しても恥ずかしい。そのお陰で一層彼との距離が近くなったのは、不幸中の幸いである。普通の交友関係ではこうはいくまい。
隠し刀がもう何度目かの酒を手ですくって胸にかけ、すりこむように乳首を愛撫する。既に散々吸われたせいもあり、ピンと固く立ち上がったそれは真っ赤に膨らんで他人のもののようだった。有体に言えば女ではないかと錯覚する出来である。男が摘まんだり伸ばしたり、こねたりするとぱちぱちと頭の中が爆ぜて腰がじんわりと重たくなった。
当初諭吉は男の乳首なぞ無用の長物だ、と情人の試みに憐れみと、ついで女を求めているのではという疑惑で居心地の悪さを覚えていたが、結果的には相手の目論見通りにことは運んだ。皮膚の薄い場所は、頭と同様に覚えも良く、触れられる前から期待をするほど敏感になってしまっている。そのうち、ここだけでも十分楽しめるかもしれないという男の予言に震えたのは、恐怖と歓喜の両方が体を支配したからだ。シャツが擦れる時に情人との逢瀬を思い出すだなんて、既に一歩手前の段階に来てしまっているようではないか?
体の神経は遠い場所にあるようで道が繋がっている、と男は医者のような顔をして宣う。例えば胸の先が気持ち良ければ後孔でも快感を拾いやすいという。自ずと浮かんだ疑問には諭吉の体が現在回答中で、両方弄られてふわふわして熱い。自分が最初に男の体を食べたいと強請ったはずが、なんだか食べられる一方ではないかと思うも、口からまろび出るのは喃語ばかりだ。
こちらの不満を読み取ったのか、隠し刀が時折口づけてくる。しおれた花が水を吸うように応じて、頭の中が一層かき乱された。くちゅくちゅぐじゅぐじゅ、にちゃりぬちゃり、どこもかしこも濡れている。お互い一度は出したはずだ。男のものを舐めようと冗談めかして試みて、断った後に暴発した顔は忘れられまい。
「なあ、諭吉」
「ひゃい」
舌まで快楽でしびれてしまった。ぼうっとする視界の中で、隠し刀はひどく真剣な眼差しをしている。散々飲んだくせに、酒も滴る良い男の男ぶりが上がる一方で、まるで酔う気配がない。
「いれても良いか?」
そんなことを訊ねてくれるな。一挙に体が熱を持って、諭吉は誤魔化すように隠し刀を両脚でぎりぎりと締め上げた。長らく準備を重ねてきて、自分の具合が程よいかどうかわかるのは、諭吉ではなく相手の方なのだ。自分の体であるというのに確かめられず、ただもやもやとした熱をずっと腹にためてきた気持ちは絶対理解されないだろう。ぐぇ、という悲鳴に憂さ晴らしをして、諭吉はようよう息を吐いた。自分たちの始まりだ、これで良い。これが良い。
「……大丈夫です」
「ありがとう」
泣きそうな声で隠し刀の体がゆるゆると動く。後孔に押し当てられた熱は他人の肉で、内臓が圧迫される苦しさと違和感は指の比ではない。恐らく相当慎重に進めてくれているのだろうが、焼けた棒杭が身を貫いているのではないかと恐ろしくなる。呼吸が乱れる。はたはたと温かな雨を顔に浴びているうちに、異物はくるりと姿を変えた。
「ぁ?うう゛ぅっ」
「頑張ったなあ」
全部入ったよという声を聞いたような、聞いていないような。何しろ全身が裏返るような未知の感覚に支配されてしまって何も集中できない。自分の体なのに勝手が利かない。いつもの何倍、何十倍にも腹の奥がじんじんする。自分が欲しかったのはこれだ、とはっきりと体感できた。理解は追い付かない。みっしりと全身で相手を抱擁している。食べているのだ。
男が何かを言って律動を始めると、水音が激しくなって一層何も聞き取れなくなった。花火がどんどん打ちあがり、体の中と外が裏返ってしまうのではないかと怯えるほどに肉襞がかき乱される。気持ちいい、気持ちいい、獣のような声を上げて、だらしなく涙とよだれを流す。汚いな、と一瞬理性が眉をひそめても全く後悔しない。
「あはは」
どちらともなしに笑う。汚濁を混ぜ合わせた声は嬌声とは言い難い。男の体が離れようとするのを、力の入りにくい脚をがむしゃらに動かして引き寄せたらば、苦しそうな嗚咽が聞こえて愉快だった。
「……はなれちゃ嫌です」
だめですよ、と続けようとした言葉は全部隠し刀の口の中に消えた。ついで更に奥がごちゅん、と抉られる。前後に動いて身を離されるのではなく、ぐらぐらと自分の体を好き勝手に揺らされるのだ、これも悦い。不意に陰茎に武骨な手が絡みつき、性急に放出を促す。急がないでと頼もうにも声は続かず、ちょっと気を離したすきに男はずるりと抜け出てしまった。びゅるりと体液が互いの体を汚す。
離れては嫌だと言ったのに。体に開いた穴はいよいよ大きく広がってしまって、諭吉はひもじいと訴えた。ううと呻いた男がまたぞろ絡みついてくれる。この情人は自分に甘い。
「そうだな、食べさせてやるんだった」
「いただきます」
隠し刀が腹の上を愛し気に撫で上げる。いっぱい食べよう、と諭吉はだらしなく頬を緩めた。
今日の酒宴は忘れられまい。着物の山の中ででろでろに蕩けた情人の体を撫でて、隠し刀はじんわりと幸せを噛みしめた。理性の人が半ばまともなままに乱れると、とんでもない魅力を放つということがよく理解できた。いやらしくて不埒で可愛くて、ついでに生意気で好戦的、斬り結ぶにも等しい緊張感と駆け引きにうっとりしてしまう。当面余韻を引きずって、だらしのない顔になってしまうに違いない。
初めて体を繋げたにしては容赦ないやり口だったと反省しつつ、隠し刀はちらりと相手の脚を掴んで後悔した。吸い痕が我ながら恐ろしいほどに付いており、何に因るかは誰の目にも明らかだろう。諭吉は気づくだろうか?とはいえこれまでも嫌だとは言われなかったのだから、大丈夫かもしれない。
楽観的に捉えながら引き締まった脚を開き、奥を覗く。最後の方には何も出せなくなってしまった陰茎には触れなかった。今は検分がしたいのであって、無体を働くつもりはない。幸いにして、腫れや裂傷は見当たらず、清めれば良いだろう。ほう、と安堵して脚を元のように戻すと、ばん、と跳ね上がったものだから肝を冷やした。
「っ」
「満足しましたか?」
うっそりと響く声が艶めき濡れている。いつから意識を取り戻していた?恐る恐る近づいて、動かぬように諭吉の体の上にのしかかる。体重をかけても相手は動かず、むしろ嬉しそうにくつくつと笑った。
「ああ。この上なく満たされた。……諭吉はどうだ?」
「満足しました」
でも、と声は誘う。恥じらいを混ぜて、そのくせまるで遠慮がない。
「もう少し、お代わりできます」
「ゆきち」
全身から力が抜けそうになる。耳から体が爆発したのではないかと思うほどに熱く、血が上る。
「なんてね」
酔っぱらいが上機嫌でちゅう、と吸い付いてくるものだから、許してやる以外の選択肢はなかった。吸い付き、吸い付かれる。殆ど体液と混ざり合ってしまったが、まだ微かに酒気が漂う。舌はいつになく甘い。散々いたぶってもう一度蕩けさせて、隠し刀は己に一つ誓いを立てた。
閨の最中には酒を持ち込まない。酒の力を借りるのも、酒に酔わせるのも今回きりだ。酔うなら互いに酔う姿を楽しみたい。三度の飯より酒好きな諭吉が、果たしてうんと言ってくれるかが悩みどころだが、その時はうんと言わせてやるまでだ。
お前を酔わせる酒にまで嫉妬している、と血を吐くような告白をしたら、彼はどんな顔をするだろう。瞼を重くした情人の頭を撫で、隠し刀はにんまりと笑った。大満足だった。
〆.
あとがき>>
自伝を読んだらば想像以上の豪放磊落ぶりに驚き、それくらいの豪胆さがなければ留学に踏み切れないなあと時代の寵児に思いを馳せました。酒好きの度合いも並外れており、かなり早い段階で断酒の方向に苦労して転換するも、飲んでいた時代の酒量を想像するだけで気が遠くなりそうです。それがこんなに大人になっちゃって……ゲーム内の時代ではまだまだ酒好き満開なので、じゃあそれに因んだものをと思ったらすんなり陥落した話になりました。好きなものは好きだから仕方がないね!
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!