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この問いにはいつかきっと、答えがある。


朝焼けの雲


「お前が余輩のナーマか?」

マグナイは今日も変わらぬ問いかけを投げ、箸にも棒にもかからないままに終わってしまった。そもそも不名誉な噂が出回ったお陰で、高名な部族の女性には些か避けられがちである。傲岸不遜で相手のことを考えずに強引にことを進めようとする男。それだけ聞いてしまえば、どんなにマグナイが優れているかを説いたところで聞き入れられることは難しい。

 幼い頃から胸を打ってやまないナーマの伝承、日々強気であれこれ口出しをする働き者だが落ち着かない姉達、他の男性達から聞くナーマとの出会い、そうしたものから積み上げてきたマグナイなりのナーマ像ははっきりと見えていると言うのに、肝心の相手はちっとも見つからないでいた。玉座にいると、どうにも弟達の居た堪れない視線を感じて気鬱が一層ひどくなる。額に両手を当てると、マグナイはそっと過去に遡った。

 かつて、マグナイにはこれぞと思う相手がいなかったわけではない。期待をかけてくれる兄達、美しくも気の強い姉達とは全く異質の存在ーーエスゲンだ。同性同士である、ということは当時すっかり頭から抜けていたし、物珍しさからであったのかもしれない。エスゲンはマグナイにあるがまま以上を求めず、時に慰め時に褒め、こっそりおやつを包んでくれた。手伝いを願う時すらも低姿勢で、対等に扱われているというくすぐったさがあった。だから、マグナイは思わず初めてこの問いかけを音にしたのである。

「エスゲンに問おう。お前は、俺のナーマか?そうであろう!」

そうであってほしいと、願った瞬間の胸の高鳴りは今でもありありと思い出せる。面食らったエスゲンが目を泳がせ、ううん、と首を振ったことも、だ。だが、エスゲンはその時奇妙なことを問いかけてきたのである。

「マグナイ君。君はこれから、相手に聞いて確認するつもりのようだけど、断られたらどうするんだい?私じゃないけれど、違うって言われたら君は次の人を探すのかな」
「……そうするより、他になかろう」

ナーマは運命なのだ、相手にとってピンとこないものであれば勘違いとしか言えないではないか。マグナイの回答に、エスゲンはそう、とやはり目を泳がせていた。多分、他に答えがあったのだろう。当時は違っていたことのショックでわからなかったが、今ではよくわかる。問えばよかったのだが、今はうっすらと違うことを考え始めていた。

本当に自分が思い描くナーマと、真のナーマは一致するのだろうか?




 思考に行き詰まりを感じ、とうとうマグナイは外に出た。特段用事もないのだからいいだろう。集団生活を維持するための仕事をする皆々を見渡し、ふとマグナイは普段立ち寄らない場所へと向かった。

「エスゲン、元気そうだな」
「長兄の方こそ。あ、えっと、何か御用でしょうか」
「用はない。なくてもよかろう」

エスゲンがいる炊事場は建物からさして遠くはない場所にも関わらず、かつてナーマではないと断られた日からギクシャクしてしまい、もう何年も立ち寄らないでいた。夕飯に向けての下ごしらえなのか、野菜の皮を剥いていたエスゲンが慌て出す。手を止めずとも良いと伝えると、マグナイは隣にあった壺に腰掛けその様子を見守った。エスゲンは思い出の中と寸分変わらないままに見える。最初は緊張していたようだが、そのうちに慣れた手つきに変わっていった。マグナイが幼い頃に見た情景のままだ。柔らかな眼差しに見つめられる野菜を羨ましいと思い、マグナイは先ほどの疑問が重ねられることに気づいた。

「エスゲン」
「何でしょう?小腹がすいたなら、先程炒った豆がありますよ」
「豆は後でもらおう。……エスゲンに問おう。お前は余輩のナーマか?」
「懐かしいですね。昔、長兄が仰っていたことを思い出しました。いいえ、長兄。そんなはずはありませんよ。私をからかわずに、次に向かってください。大丈夫、きっとすぐ見つかりますよ」

いいえ、というセリフは前回と同じだが、色々と他のセリフも並べられたことでマグナイの頭はすっきりと整理された。間違っていたのは自分だ。

「また断ったな。……前回、お前は断ったら次の人を探すのかと聞いてきた。今は寧ろ余輩に次を探せと勧めてくる。以前の余輩であれば従っただろう。だが、今回は違う」
「つまり?」

適切な大きさに切った野菜を壺にいれると、エスゲンが小首を傾げてみせた。その様にやけに惹かれてしまうのは自分だけだろうか?そうであると願いたい。

「ナーマを見つけたのだ。相手が気付くまで、何度でも問おう。そういうものであろう?」
「はは、困ったなあ」

まるで化けの皮が剥がれたかのように砕けた物言いをすると、エスゲンは昔のただの年長者であるエスゲンの顔つきになっていた。矢張り食わせ者である。全く油断できない、どうして自分は気づかなかったのだろう!

「元はと言えばお前が悪い。もう二度手間をかけさせるな」
「さあ?私は違うと言ってるんだけれどなあ」
「いつかはうんと言わせるまでだ」

第一、乙女ではないが間違ってはいないではないか。慈愛に溢れ、可憐で控えめ。儚い朝焼けの雲のごときひと、なのである。目をつけた自分は賢いが、相手が一枚上手だとは思いもよらなかった。目が覚めたのは幸いで、あとはこれから根気よく勝負をかけるだけである。なるほど、答えがわかっていればなんとも気が軽い。炒った豆の代わりに昔と変わらぬ味のエスゲン特製のおやつを受け取りながら、マグナイはまだ見ぬ先を思って頬を緩ませた。


〆.